2020年5月6日水曜日
27. ナスがうまい。(てーてん観測・フィンランド語学習記)
昨日遅かったので起きたのも遅かった。
リセットするつもりで風呂に入る。
朝はパン。ファミマで買ってくる。
エスプレッソマシンの調子が良い。
ひるごはん、野菜とひき肉を炒める。
野菜たっぷり。ナスがうまい。
夜はキーマを作る。
今日もまたやたらにNetflixを観た。
本は、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』 (NHK出版新書)を読む。
注文したの、4月13日だった。
一ヶ月近くかかりようやく手をつけたんだな。
ほとんど忘れていたからな。
読み始めたら、2時間くらいで読んでしまった。
現在翻訳中。
※※※
今日はあんまりフィンランド語触れず。
なにかやることを具体的にしないといかんな。
トレーニングブックにしよう、
というわけで今日寝る前に気合で一課進める。
2020年5月5日火曜日
26. そして生活はつづく(てーてん観測・フィンランド語学習記)
日記も少しお休みした。
今日はNETFLIXで映像をたくさん観た。
Black Mirror を4エピソード、Rick and Morty を4エピソード観た。
どちらも最高に面白い。
5年もやった少林寺拳法のことを思い出して、映像を見た。
本も読んだ。
『そして生活はつづく』と『日本の弓術』だ。『ホモ・デウス』も進めた。面白い。
800pある"THE BETTER ANGELS FOR OUR NATURE"も読んでる。本は一日2、3冊読むぐらいが精神安定上いい。
身体をすっぽかして、頭の刺激になりそうなものばかりやたらに摂取してる。
時おり罪悪感を感じる。
でもこういうのを「堕落」だとか感じないで生きるのが一番健康にいいんだろう。
きついなーと思ったら、自分に対してぶすっとして、無愛想で、無関心になっていいよね、別に。好きなだけセルフ不良やったって、いいよね。
本読んで映画見てりゃいい。
自虐とか他人への攻撃とかしてもいいことない。
怒りは怒りのままその当人に表明しても意味ない。
作り出すことで変換する。
とにかく、作ったり読んだり観たりするのがいい。創造行為は世界への反乱なのダ。
ツイッターやってもしょうがないし、フェイスブック下まで見てもしょうがない。
手に負えないもんは、手に負えませーん、って素直にスルーするー。
本当にやんなきゃいけないことなんて、ほとんどない。
安い蕎麦屋の天ぷらの中身くらいしかないんじゃなイカ。
作りたいものを作り、読みたいものを読み、聴きたいものを聴き、観たいものを観て。
それでも大事だと思うことは勝手にやってる。
だんだんニュースを見るのが億劫になってきた。どうせまた次元の違う、滑稽な大人に瞬刻腹を立てたのち、明るい気分になるまで時間を無駄にしなきゃいけないんだろ。
距離感の程よい、新聞を買っている。
だから正直現在、あんまり世の中の、特に政治のナウい趨勢に詳しくない。
でも全然今のところ困ってない。
地震速報とか、神奈川県知事からのメッセージ音とか、この音の精神的負担は大きい。
僕は怖がりなので、一旦悲惨な光景が頭をよぎると、人一倍最悪の事態を想定してしまう。毎回、僕はこれで死ぬかもしれない、と一度覚悟を決める。今日も一回死んだ。窓を勢いよく開け、窓際に腰掛け、次は何がくる、と靴下履きながら身構えてたよ。
インターネット、ちょっと離れて思った。
誰からも「そうそう、そのままでいいんだよ」とは、言われたくない。一貫性も求められたくない。慰められたくもなく、怒りを向けられたくもなく、愚か者を見たくもなく、生産性の高い素敵な時間の過ごし方の見本を見たくもなく、「こんな時だからこそ」とか勝手に落ちてもない気分を努めて明るくしようとしてくる言葉も見たくなく、「ここはみんなでひとつになって」とかnaïveな発言も見たくなく、「本当に大切なこと」なんか他人に教えて欲しくなく、思いやりを装った、その実は知性の高さの競い合いにも参加したくない。
「みんな気づいてないみたいだけど、実は僕は賢いので、これに気づいていてですね…」っていう高慢な語り口にどうしても見えてしまう。顔と声を奪われた、編集を経ていないインターネット上の言葉は。「共感」や「優しさ」や「思いやり」に見せかけた、立場の差の証明なんじゃないか、と感じるんだ。
…だって自分が書いててそう思うんだもの。
しかし僕と同じように、時々そういう反発的な気分になってる人が書く、マイナスのオーラも入れたくない。
うーん。つまり、「悪い『気』」を摂取したくない、という問題なのかもしれぬ。
全然関係ないが、昨日若い女性二人組の仏教系の宗教の人たちがドアこんこん叩いて勧誘にきた。
「コロナは日蓮さまがメッセージを具現化した」とか、なんとか、お経唱えると全部良くなる、とかおっしゃっていたが、あの人たち自身は、どこまでその話の論理的な妥当性を信じてるんだ?知性を全部封印したようなおとぎ話レベルの言説を、平気な顔でひょうひょうと言えるのはなぜなんだ?
僕だったら絶対あんなの、ちょっとコモンセンスからかけ離れすぎてて、真顔で言えないよ(笑)
逆に、僕にはない特殊な条件を持ってるんだろう。
まぁ、サークル活動みたいなもんで、一応、そういう話だ、っていうことにすることで、ある共同体の人たちと一緒に居られる資格が得られて、それがあの人たちにとっての癒しなんだと思う。だって、「真の解答があるんだけど、私はまだそれにたどり着いてないだけ、一刻も早く、そのdefinitive answerにたどり着きたい」っていう気分は、悪いもんじゃないだろからね。
でも俺は、「真の解答がある」ことを担保として、それを知る過程を共に過ごし、研鑽する共同体があったとしたって、そんなことするぐらいなら、自分の手で、一人で闘うよ。永遠にわからないし到達しないから苦しい、っていう方を、選ぶよ。
※※※
フィンランド語は癒しなのでやってる。
まぁ、癒しじゃなかったら語学なんてやる必要ないかな。
お気に入りの言葉を聞き、読み、知らない世界に思いを馳せることが癒しじゃないんなら、多分それは語学をやるときじゃない。
もっと楽しいことは他にある。
今日はセルコウーティセットという、外国人向けの簡単なニュースのサイトを読んだり見たり聞いたりした。
https://yle.fi/uutiset/osasto/selkouutiset/
今日はNETFLIXで映像をたくさん観た。
Black Mirror を4エピソード、Rick and Morty を4エピソード観た。
どちらも最高に面白い。
5年もやった少林寺拳法のことを思い出して、映像を見た。
本も読んだ。
『そして生活はつづく』と『日本の弓術』だ。『ホモ・デウス』も進めた。面白い。
800pある"THE BETTER ANGELS FOR OUR NATURE"も読んでる。本は一日2、3冊読むぐらいが精神安定上いい。
身体をすっぽかして、頭の刺激になりそうなものばかりやたらに摂取してる。
時おり罪悪感を感じる。
でもこういうのを「堕落」だとか感じないで生きるのが一番健康にいいんだろう。
きついなーと思ったら、自分に対してぶすっとして、無愛想で、無関心になっていいよね、別に。好きなだけセルフ不良やったって、いいよね。
本読んで映画見てりゃいい。
自虐とか他人への攻撃とかしてもいいことない。
怒りは怒りのままその当人に表明しても意味ない。
作り出すことで変換する。
とにかく、作ったり読んだり観たりするのがいい。創造行為は世界への反乱なのダ。
ツイッターやってもしょうがないし、フェイスブック下まで見てもしょうがない。
手に負えないもんは、手に負えませーん、って素直にスルーするー。
本当にやんなきゃいけないことなんて、ほとんどない。
安い蕎麦屋の天ぷらの中身くらいしかないんじゃなイカ。
作りたいものを作り、読みたいものを読み、聴きたいものを聴き、観たいものを観て。
それでも大事だと思うことは勝手にやってる。
だんだんニュースを見るのが億劫になってきた。どうせまた次元の違う、滑稽な大人に瞬刻腹を立てたのち、明るい気分になるまで時間を無駄にしなきゃいけないんだろ。
距離感の程よい、新聞を買っている。
だから正直現在、あんまり世の中の、特に政治のナウい趨勢に詳しくない。
でも全然今のところ困ってない。
地震速報とか、神奈川県知事からのメッセージ音とか、この音の精神的負担は大きい。
僕は怖がりなので、一旦悲惨な光景が頭をよぎると、人一倍最悪の事態を想定してしまう。毎回、僕はこれで死ぬかもしれない、と一度覚悟を決める。今日も一回死んだ。窓を勢いよく開け、窓際に腰掛け、次は何がくる、と靴下履きながら身構えてたよ。
インターネット、ちょっと離れて思った。
誰からも「そうそう、そのままでいいんだよ」とは、言われたくない。一貫性も求められたくない。慰められたくもなく、怒りを向けられたくもなく、愚か者を見たくもなく、生産性の高い素敵な時間の過ごし方の見本を見たくもなく、「こんな時だからこそ」とか勝手に落ちてもない気分を努めて明るくしようとしてくる言葉も見たくなく、「ここはみんなでひとつになって」とかnaïveな発言も見たくなく、「本当に大切なこと」なんか他人に教えて欲しくなく、思いやりを装った、その実は知性の高さの競い合いにも参加したくない。
「みんな気づいてないみたいだけど、実は僕は賢いので、これに気づいていてですね…」っていう高慢な語り口にどうしても見えてしまう。顔と声を奪われた、編集を経ていないインターネット上の言葉は。「共感」や「優しさ」や「思いやり」に見せかけた、立場の差の証明なんじゃないか、と感じるんだ。
…だって自分が書いててそう思うんだもの。
しかし僕と同じように、時々そういう反発的な気分になってる人が書く、マイナスのオーラも入れたくない。
うーん。つまり、「悪い『気』」を摂取したくない、という問題なのかもしれぬ。
全然関係ないが、昨日若い女性二人組の仏教系の宗教の人たちがドアこんこん叩いて勧誘にきた。
「コロナは日蓮さまがメッセージを具現化した」とか、なんとか、お経唱えると全部良くなる、とかおっしゃっていたが、あの人たち自身は、どこまでその話の論理的な妥当性を信じてるんだ?知性を全部封印したようなおとぎ話レベルの言説を、平気な顔でひょうひょうと言えるのはなぜなんだ?
僕だったら絶対あんなの、ちょっとコモンセンスからかけ離れすぎてて、真顔で言えないよ(笑)
逆に、僕にはない特殊な条件を持ってるんだろう。
まぁ、サークル活動みたいなもんで、一応、そういう話だ、っていうことにすることで、ある共同体の人たちと一緒に居られる資格が得られて、それがあの人たちにとっての癒しなんだと思う。だって、「真の解答があるんだけど、私はまだそれにたどり着いてないだけ、一刻も早く、そのdefinitive answerにたどり着きたい」っていう気分は、悪いもんじゃないだろからね。
でも俺は、「真の解答がある」ことを担保として、それを知る過程を共に過ごし、研鑽する共同体があったとしたって、そんなことするぐらいなら、自分の手で、一人で闘うよ。永遠にわからないし到達しないから苦しい、っていう方を、選ぶよ。
※※※
フィンランド語は癒しなのでやってる。
まぁ、癒しじゃなかったら語学なんてやる必要ないかな。
お気に入りの言葉を聞き、読み、知らない世界に思いを馳せることが癒しじゃないんなら、多分それは語学をやるときじゃない。
もっと楽しいことは他にある。
今日はセルコウーティセットという、外国人向けの簡単なニュースのサイトを読んだり見たり聞いたりした。
https://yle.fi/uutiset/osasto/selkouutiset/
Uutiset selkosuomeksi
簡単なフィンランド語のニュース、ということかな。
いいなあ、いいなあ。フィンランド語は、いいな。
僕が今一番癒される言語である。
2020年5月1日金曜日
25.アメリカの大学生になったつもりで(てーてん観測・フィンランド語学習記)
今日もそれなりに早く起きる。
日銭の仕事なし。
思い立って、天気もいいので、家の周りを歩きに歩いた。
隣町まで行った。
ほとんど初夏のような陽気で、家の周りには林もあって、その中を歩くと草木の匂いがほんのりと香り、実に気持ちがいい。
エスプレッソマシン用のカプセルが初めて届く。
美味しい。
カフェにも行けないので、エスプレッソが家で飲めるのは嬉しい。
カプセルは一個80円で、結構高いのだが、まぁ、外にふらふら出ていた頃、カフェに行ったら、一杯200円のベローチェのドリップコーヒーを、安い安いと喜んでいたのだから、まぁいいよな。
そして、スティーブン・ピンカーの、"BETTER ANGELS OF OUR NATURE - WHY VIOLENCE HAS DECLINED"という本が届く。
Twitterで紹介されているのを読み、これは一読せねば、と思った。
本当は邦訳で読むつもりだったが、なんだか5000円ぐらいと値が張ったので、原書を探してみたら、新品で2000円しなかったため、こちらを購入。
しかし本文およそ800p、脚注だけでも100pあり、一体読み終わることができるんだろうか。
まぁ、アメリカの大学生になったつもりで、いっぱい読むかな。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第19課
いよいよ次で終わる。
これを書いてる時点ではやっていないのだが。
毎日やっている。自分でもとても意外だ。
コロナさまさま、とも言える。
日銭の仕事なし。
思い立って、天気もいいので、家の周りを歩きに歩いた。
隣町まで行った。
ほとんど初夏のような陽気で、家の周りには林もあって、その中を歩くと草木の匂いがほんのりと香り、実に気持ちがいい。
エスプレッソマシン用のカプセルが初めて届く。
美味しい。
カフェにも行けないので、エスプレッソが家で飲めるのは嬉しい。
カプセルは一個80円で、結構高いのだが、まぁ、外にふらふら出ていた頃、カフェに行ったら、一杯200円のベローチェのドリップコーヒーを、安い安いと喜んでいたのだから、まぁいいよな。
そして、スティーブン・ピンカーの、"BETTER ANGELS OF OUR NATURE - WHY VIOLENCE HAS DECLINED"という本が届く。
Twitterで紹介されているのを読み、これは一読せねば、と思った。
本当は邦訳で読むつもりだったが、なんだか5000円ぐらいと値が張ったので、原書を探してみたら、新品で2000円しなかったため、こちらを購入。
しかし本文およそ800p、脚注だけでも100pあり、一体読み終わることができるんだろうか。
まぁ、アメリカの大学生になったつもりで、いっぱい読むかな。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第19課
いよいよ次で終わる。
これを書いてる時点ではやっていないのだが。
毎日やっている。自分でもとても意外だ。
コロナさまさま、とも言える。
2020年4月30日木曜日
24.そしてどんどん使いたい(てーてん観測・フィンランド語学習記)
目覚ましをセットせずに寝ている。
これが、気持ちいい。
そして、意外に早く起きる。
いきなり思い立って、コーヒーマシンをネットで探す。
近所に買い手を探している人がいたので、連絡する。
すぐさま交渉が成立し、取りに行った。
思い立ってから3 時間後には手に入っていた。
ううむ。
こういうインターネットは、いいな。
外でもジャグリング、ちょっと。
風が強かった。
天気、よかった。
コロナ禍が終わるのは先の話になるとは思うが、でも、少しずつ、なんというか、アダプトしてきている感じは、ある。
慢心してるのかも。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第18課
もうすぐ終わるなぁ。
比較級、最上級をやる。うーむ。
まぁ、英語のスピードに比べたらむちゃくちゃ早いよな。
早く一通り終わらせて、復習したいな。
そしてどんどん使いたい。
これが、気持ちいい。
そして、意外に早く起きる。
いきなり思い立って、コーヒーマシンをネットで探す。
近所に買い手を探している人がいたので、連絡する。
すぐさま交渉が成立し、取りに行った。
思い立ってから3 時間後には手に入っていた。
ううむ。
こういうインターネットは、いいな。
外でもジャグリング、ちょっと。
風が強かった。
天気、よかった。
コロナ禍が終わるのは先の話になるとは思うが、でも、少しずつ、なんというか、アダプトしてきている感じは、ある。
慢心してるのかも。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第18課
もうすぐ終わるなぁ。
比較級、最上級をやる。うーむ。
まぁ、英語のスピードに比べたらむちゃくちゃ早いよな。
早く一通り終わらせて、復習したいな。
そしてどんどん使いたい。
23.しょうもない、益にもならない(てーてん観測・フィンランド語学習記)
朝公園に行ってジャグリングする。
一度帰って、風呂に入る。
ふじくんが来るも、すぐに公園に向かう。
ホアさんもちょうど出てきたので、ホアさんも一緒に行く。
少しジャグリングをする。
家に帰る。
英語と、イタリア語をやる。
少しゲームをする。
少しドラマを見る。
ふじくん、帰る。
なんだか、また、YouTubeとFacebookでしょうもない、益にもならない映像を延々と見てしまう。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第17課
主に、täytyyのこと。
フィン・ウゴル語族と全然関連づけられる情報がないので、なかなかすっと頭に入ってこないが(今日も、ティエトコネ…ティエトコネってなんだっけ…と音だけ思い出せる状態になった。ティエトコネはパソコンだった。)まぁ、それがむしろ楽しい。フランス語とかだと、なんとなく意味の予想がついてしまうので、新鮮味が薄いし、本当に一から言語を学んでいる気がしないんだよね。
一度帰って、風呂に入る。
ふじくんが来るも、すぐに公園に向かう。
ホアさんもちょうど出てきたので、ホアさんも一緒に行く。
少しジャグリングをする。
家に帰る。
英語と、イタリア語をやる。
少しゲームをする。
少しドラマを見る。
ふじくん、帰る。
なんだか、また、YouTubeとFacebookでしょうもない、益にもならない映像を延々と見てしまう。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第17課
主に、täytyyのこと。
フィン・ウゴル語族と全然関連づけられる情報がないので、なかなかすっと頭に入ってこないが(今日も、ティエトコネ…ティエトコネってなんだっけ…と音だけ思い出せる状態になった。ティエトコネはパソコンだった。)まぁ、それがむしろ楽しい。フランス語とかだと、なんとなく意味の予想がついてしまうので、新鮮味が薄いし、本当に一から言語を学んでいる気がしないんだよね。
2020年4月28日火曜日
22.人間の自然な動き方って(てーてん観測・フィンランド語学習記)
昨日翻訳をダラダラとやっていたので、寝たのが朝8時だった。
12時まで寝た。
起きたらご飯(トースト)を食べて、風呂に入り、(朝風呂『サピエンス』)ストレッチ、10分だけやる。
お腹周りの肉が目に見えてついてきた。
今日は日銭稼ぎなし。
手紙を出す用事があったので、道路を挟んで向かい側のポストに行こうと思った。
しかし道路を渡るのが不意に嫌になり、別の方向に歩きだした。
歩いて歩いて、今まで徒歩で行ったことのないようなところにたどり着き、やがてローソンが見えてきた。ローソンの中にはポストがある。そこで投函。
すんなり帰らず、歩き続けることにした。
ローソンの向かいには竹林が見える。
そちらの方へ。
人間の自然な動き方っていうのはやっぱりこっちだ。
計画して、準備を整えて、さぁ出発、という「ノリ」は似合わない。
「歩きたい」と思うことが即行動であるがいい。
つまり「歩きたい」と思った時には、すでに歩いている。
今まで知らなかったのだが、自宅のすぐ近くには、たくさんの畑があった。
ほーほけきょ、とウグイスも鳴いて、その声は澄み切って遠くまで響いていた。
そのまま山を上がっていくと、ふじくんの家があった。
そうか、ここに住んでいるのかぁ、と思った。
一度帰宅し、ジャグリング道具を持って公園に行った。
1時間ちょっとぐらい、ジャグリングをした。
動画も何も撮らずにジャグリングをした。
好きなだけ、好きなように動く。
これ以上に楽しいジャグリングの楽しみ方もない。
動画なんか撮るのがいけないんだ。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第16課
まだやってません。これを書き終えたら動画を撮るつもり。
今日Facebookで、ラウラさんというフィンランド人の知り合いが歌をシェアしてくれた。その流れで、フィンランド語でメッセージを送る。初めてのフィンランド語でのちゃんとした会話である。まぁ、あとで見返したら「あちゃー」となるのは目に見えているんだけど、それはそれで面白いだろうと思ってここに残しておく。
とにかく、「フィンランド人がこういう時にどういうことを言うのか」というサンプルが無数に必要だ。僕がしたいのは、単純に「日本語でならこう言う」ということを「訳す」作業ではないのだ。
まだ一ヶ月も経ってないから、焦らず、でも、毎日少しずつ。
12時まで寝た。
起きたらご飯(トースト)を食べて、風呂に入り、(朝風呂『サピエンス』)ストレッチ、10分だけやる。
お腹周りの肉が目に見えてついてきた。
今日は日銭稼ぎなし。
手紙を出す用事があったので、道路を挟んで向かい側のポストに行こうと思った。
しかし道路を渡るのが不意に嫌になり、別の方向に歩きだした。
歩いて歩いて、今まで徒歩で行ったことのないようなところにたどり着き、やがてローソンが見えてきた。ローソンの中にはポストがある。そこで投函。
すんなり帰らず、歩き続けることにした。
ローソンの向かいには竹林が見える。
そちらの方へ。
人間の自然な動き方っていうのはやっぱりこっちだ。
計画して、準備を整えて、さぁ出発、という「ノリ」は似合わない。
「歩きたい」と思うことが即行動であるがいい。
つまり「歩きたい」と思った時には、すでに歩いている。
今まで知らなかったのだが、自宅のすぐ近くには、たくさんの畑があった。
ほーほけきょ、とウグイスも鳴いて、その声は澄み切って遠くまで響いていた。
そのまま山を上がっていくと、ふじくんの家があった。
そうか、ここに住んでいるのかぁ、と思った。
一度帰宅し、ジャグリング道具を持って公園に行った。
1時間ちょっとぐらい、ジャグリングをした。
動画も何も撮らずにジャグリングをした。
好きなだけ、好きなように動く。
これ以上に楽しいジャグリングの楽しみ方もない。
動画なんか撮るのがいけないんだ。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第16課
まだやってません。これを書き終えたら動画を撮るつもり。
今日Facebookで、ラウラさんというフィンランド人の知り合いが歌をシェアしてくれた。その流れで、フィンランド語でメッセージを送る。初めてのフィンランド語でのちゃんとした会話である。まぁ、あとで見返したら「あちゃー」となるのは目に見えているんだけど、それはそれで面白いだろうと思ってここに残しておく。
とにかく、「フィンランド人がこういう時にどういうことを言うのか」というサンプルが無数に必要だ。僕がしたいのは、単純に「日本語でならこう言う」ということを「訳す」作業ではないのだ。
まだ一ヶ月も経ってないから、焦らず、でも、毎日少しずつ。
21.自分が読者になる時(てーてん観測・フィンランド語学習記)
色々書こうと思ったのに忘れてしまったなぁ。
久々に「ジャグリングの郵便箱」を見返したら、旅行の最中につけていた日記、その時その場所にいないと書けないことを書いていた。
手前味噌だけどさ。
第162回 【フィンランド編突入】29/45日目 ヨーロッパ・ジャグリングの旅 2018
ここから続くフィンランド編を読んだ。
文章を書いていて注目すべきタイミングのひとつは、自分が読者になる時、でもある。
今日は少し事情があって、知り合いの引越しを手伝いに行ったので久々に遠出をした。
思っていたよりは人がいた。
しかし電車に乗る時の距離の取り方が普段と違う。
これが"元に戻る"っていうのはどういう時なんだろう。
昼に東京に行って、夕方には戻ってきた。
帰るなりすぐにシャワーを浴びた。
久しぶりにカップ麺を食べた。
しばらく仕事をしたりしていたが、少し疲れて寝た。
眼が覚めると、炊いておいたご飯は少し冷めており、納豆と卵と一緒に漫然と食べた。
なにをやっているんだかはっきりしないまま、今、朝の5時である。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第15課
現在完了の作り方。olla+過去分詞。過去分詞に単数、複数、があるというのがやや新しいが、考えようによってはイタリア語にもあるし、むしろイタリア語は男女単複考えれば4つある。というか、やっぱりこれはちょっと形容詞のようにして捉える方がより応用が利く気がするんだよな。
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