2021年8月20日金曜日

ながいつぶやき(164)ペッと終わるんだな

朝、7時起き。これでもちょっと遅いな、と感じる体になってきている。身体は3日で変わるね。コーヒー淹れて、飲む間に、洗濯済ませる。部屋掃除する。長らく取りかかれないでいた作業をする。やってみれば30分で終わる。朝から自転車で運動を兼ねてカフェ探しに。本当はドトールに行く予定だったが、途中で良いカフェを見つけたので入ってしまう。お金はないが(本当に)、新鮮な体験をするということを第一義に生きることにしている。なのでピンときたら、良さそうなお店に入ってしまう。これはもう僕のサガである。昨日大吾さんと、「とにかく条件反射のように動いて、たくさん失敗をしたい」という話をした。そのことを思い出す。まぁ、結果、いい感じである。

昨日の夜、新横浜駅の駅舎を自転車を押しながら歩いていた。不意に、「嬉しかったり悲しかったりしてるうちに人生はペッと終わるんだな」と思った。日々感じる感情の浮き沈みに関して、メタな観察は別にいらんだろうと思った。何かを感じれば感じる、感じてない時は感じてない。他人の死生観や、とにかく価値観一切合切に関しても、別に干渉しなくたっていいじゃないかと思った。

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一度帰宅。暑い。気づかないうちに消耗している感じ、ある。コンスタントに身体は最低限動かさねばね。帰ったらパスタ作る。ナスをもらっていたので使う。ちょっとお腹壊す。なんだったんだろう。そのまま一時間ほど寝る。起きたら、目を覚ますためにもういちど別のカフェに。今、そこでこれを書いている。でも、ちょっと移動しようかな、とも思っている。あまり理想的な環境、という感じしない。ちょっと騒がしく(主に後ろのおじさん二人)普段はもっと人が少なくて静かなのだが、今日はちょっと違うので。

居場所を求めていつもぶらぶらしている。曜日や天気によって、チャートを作ってその中から選んでみようかな。

ながいつぶやき(163) 本でもなんでも

 

朝から自転車で生田緑地へ。岡本太郎美術館でだいごさんに会う。Google MAPでは1時間半と出たのでまぁ2時間以内には着くだろうと見積もったが、途中休憩なども挟んで2時間半ぐらいかかった。だが、自転車での移動は実感があっていい。

行く途中、ぱっとドトールに入り、20分ほどで今日中にやっておきたかったことを終わらした。おかげで清々しく鑑賞できた。まさに夏休み気分。

美術館、よい。体験として優れていた。

駅の方まで歩いて、シャノアールへ。ここもいい。じっくり話す。実りある。

帰りもたらたら寄り道しながら。帰宅19:30。

ねむし。

だがだいごさんに借りた本、読む。面白かった。やっぱり作ろうと思ったものはなんでもさっさと作るもんだなと思う。本でもなんでも。

2021年8月18日水曜日

ながいつぶやき(162)同じように船を漕いでいる人を、語り合える距離に集める

朝、遅め。寝る時間は対して変わっていないのに、早く起きられたり遅く起きられたりするのはなんでだろうね。ちょっと悪い夢を見た。多分雨のせい。みんなでびしょびしょになる夢だった。このブログを読んでいる人は極端に少ないので、(毎記事10人くらい)こちらの方でだけ、日常的に考えていることを言っていればいいや、という気分になっている。読んでくださっている方は、ありがとうございます。ただただ、地味に続けていきます。誰が読んでいるかもわからない、「読んでますよ」と直接言われることでしか確認できない場所でものを書くことの楽しみもある。

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ジャグリングに関して。

個人的な視座でものを書くために、ジャグリングを遠くに見つつ、そこから遠ざかるような方向に船を漕いでいる。でも、もっとジャグリングの周りを漕いで回ることで、その全体像を掴もうとするような書き方をしてもいいかもしれない、と思い始めた。

未知の岸に到着した時、それがどれぐらいの大きさの島なのか、または大陸なのか、全然わからない。けど、その周りを、島を見つめながら漕いで回って、その規模を知る。

ジャグリングを網羅的に研究する、みたいな目標をメインにしちゃうと苦しくなるから、なんとかその苦しみからは遠ざかりつつ、同じように船を漕いでいる人を、語り合える距離に集める、という形でやっていきたいね。

ながいつぶやき(161)

 あるラジオに送ったお便り。


一日中家にいて仕事をしていると、少し気分を変えようかな、カフェにでも行こうかな、と思うときがあります。でもカフェに行く15分の間に、もうちょっと仕事ができるんだよなぁ、と思うと、躊躇してしまいます。何を持っていこうかな、と思って20分経ってしまったりします。そうこうするうちに午後4時半ぐらいになって、なんだか中途半端な時間なのでもう諦めたりします。あの時、間違っててもいいからさっさと財布とパソコンだけ持ってカフェに行って、場所を変えときゃよかったワ、と思うのが常です。一度でもためらい始めてしまうと、躊躇の無間地獄に突入しますね。挙句の果てに落ち込んだりします。なので最近は、何も考えずにいきなり行動する訓練をしています。間断なく変化を加えてやることで気分をフレッシュに保つのがいいんだろうなとおもいます。


まぁこんな感じですね。

2021年8月16日月曜日

ながいつぶやき(160)その先にある風景を自分で見てもらう

はっとする何かに触れると、頭の中では全く違うことが思い出されている時がある。手元には、そのふたつの素材がある。これが、書く、ということが始まるひとつの場面だ。思い出されたそのことを、どこかに逃げて行かないように、ぼんやりと手元に浮かばせておく。そして丁寧に、その質感が変わらないように、ふたつを結びつける道筋を見つけてみよう、という意思で字を綴り始める。これが、面白い文章を書くことのひとつの方法だろうと思う。必ずしも、その「思い出されたもの」に具体的に言及する必要はない。ただ、それによって進む方向がはっきりとわかっている、ということが大事。読者は文章が進んでいるその方向を自ずと向くから、あとはその先にある風景を自分で見てもらうのである。「あれが丹波山でございます」みたいに説明しなくても、同じ方向を向いて、同じ方向に進んでいけば、大体同じものが見える。読者の方が面白いことを発見するときだって、よくある。

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近所の、落ち着くカフェに来ている。ここに来ると、作業がとてもよく進む。集中しやすい。ここは席の間隔が広い。一番近いところでも席同士が1mぐらいは離れている。あとは、椅子の座り心地もとてもいい。そして、少し低い。

こういう環境を自宅で再現できたらいいな、と思う。でも一方で、周りに人がいるということも大事な要素だからな。ちょうど、今日発行した週刊PONTE (週刊PONTE vol.144 2021/08/16 https://jugglingponte.com/weekly/ponte-weekly-vol144/)で、こんな一節がある。

Webサイトの更新作業だって、カフェに行ってやる方がうまくいくんだよ。家だと延々考えちゃう。でも、周りの席に人が座ってるのを見渡すと、「どうせ画面の中で起きてることだし」って踏ん切りがつく。(PM & PONTEのジャグリングセッション または瓶に詰めた手紙 板津大吾さんの発言)

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あんまり関係ないんだけど、この書評はとてもいいと思った。

---【書評】吉本ばなな「このように見えている」|坂口恭平『Pastel』書評 https://note.com/sayusha/n/n341e19430a61

2021年8月15日日曜日

ながいつぶやき(159)うほほい

朝遅め。昼、また図書館へ。綺麗な図書館という場所が自分が求めていた場所だったことを確認する。本がたくさんあって、静かで、綺麗な空間、ということだ。夕方、帰宅。書きたいことは色々あったけど、来週明けのメルマガの方にほとんど書いてしまった。から、そこまで書きたいこと、ない。

今日は、内田樹『うほほいシネクラブ』(文春新書)と、昨日の続きで『地図のない場所で〜』と、近藤雄生『まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること」(産業編集センター)も読む(全部は読んでない)。

とにかく書き溜めるっていいな、と思った。容易に感動を口にするのも、なんか違うなと思った。

2021年8月13日金曜日

ながいつぶやき(158)慌ててロビー

起きるの遅く、10時ごろ。パンを食べて、コーヒーを飲む。お昼、ラーメンを食べる。とても美味しいところを発見する。ラーメンは、時々ご褒美として食べるぐらいが一番いい。そのまま、図書館へ。とても綺麗なところ。と、ここで、だいごさんとの対談があったこと、思い出す。慌ててロビーのようなところでLINE通話。「修行をしたい願望」から話を展開させる。先日のはしもとみおさんの展示に触れて思ったこと。話す中で、自分はもっと本を読みたいと思う、ということを言った。その通り、今日は本を読む。

ウンベルト・エーコの『異世界の書―幻想領国地誌集成』と、高野秀行・角幡唯介『地図のない場所で眠りたい』。


気づいたら、20時。退館する。こういう時間の過ごし方がいい。これから、今日の対談を少しまとめておく。やりたいことは、片端から実現することだけを考えていたい。