今日は昼からシンガポールから来てくれた友人と一緒にラーメンを食べたり、カフェに行ったり、美術館に行ったりなど。ピッツァを締めとして食べたのだが、これがまたいい時間だった。
なぜだかこの二人は日本にいることがとても自然に感ぜられた。
一方で、変わったのは自分の方かもしれない、とも思う。
ひとところにとどまる、ということが当たり前であるような今までの自分のなかでの揺るがなかった基本的立場が、いつの間にかなくなっている。
おおいに隠されていた古いビルが、あるときそこを通りすぎたら綺麗さっぱりおおいが取れてさら地になっていた、という感覚に少し似ている。
中で何が起こっているかというのはさして重要ではなくて、実はそれがなくなっていた、ということを認識する瞬間にはじめて驚きと新鮮な感覚が流し込まれる。
つまり二人に会ったことは、「何度か通ったことのあるそのビルの前を通り過ぎること」で、そうか、誰が世界のどこにいたって別に何も不思議ではないんだよね、という、その感じなのである。