2021年11月23日火曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(11)

 2021年11月20日(土)

朝は8時ごろ起きる。やっぱり部屋が暗い。シャワーを浴びる。ホステルは現代的な設備が整っていて清潔で、快適である。書き物をしたりする空間があまりなく、その点はいまいちだが。しかしホステルを出て駅前にはいろいろなカフェが揃っているし、かえって外に出る気になるのでいいかもしれない。

今日はバイクで近隣まで出かける予定だが、少し仕事をしたい。駅前で済まそうかとも思ったが、しばらく考えて、カブで商店街の方へ出て行く。駐輪場の場所はもう大体把握している。2時間までは無料だし、それ以上いてもたった100円。駅前の駐輪場に至っては無料だから嬉しい。商店街の中のカフェ・サンマルクに入る。フレンチトーストとコーヒー。文字起こしの残りをやる。

寒いので、上着を買いに古着屋を回る。サンマルクの向かいの店や、そのまま上通りを行って何件か回ったところ、最後に、ここでなかったら諦めよう、と思った店で話しかけてくれたお兄さんがとてもいい人だった。バイクに乗る人だ、というので色々と情報をもらう。こんなのが欲しくて、というと、何着も出してきてくれる。お兄さん、店内を走り回る。ここで働くのが楽しいんだろうな、と思う。こういう縁を求めていたのだ。「これはやっぱりお値段はしますけど、でも一番いいです」と言って出してきた服を僕が試着すると確かに着心地良く、雨も風もバッチリ防いでくれそうだった。僕が鏡を見ていると、お兄さんは、「ね、よかでしょう!?」ととても嬉しそうに言うので、これには抗えなかった。お兄さんは終始熊本弁で、阿蘇のよさを語ってくれた。阿蘇市出身なのだそうだ。「阿蘇に行くなら間違いなくこれです」だそうです。店を出ようとした時、「そうだ、ちょっと待ってください」といって店の奥に走っていき、手にスチール缶の十六茶を持って出てきて、「これしかないですけど、どうぞ」と言って、くれた。

宿に戻って、先日バイクの関連で意気投合した宿のHさんと待ち合わせをして、近所の温泉に行く。これは、橙書店の久子さんがとてもいい、と薦めてくれたところである。ちなみに、古着屋のお兄さんも、「温泉、よかですよ」と言っていた。

駅から西に進み、時折ギア2でも苦しいくらいの山道を登っていく。途中、宮本武蔵がそこで五輪書を書いたという祠の霊巌堂にも寄り、全行程が1時間ほど、ちょうど、夕日が見られる午後4時半ごろについた。途中見た、山腹に沿ってぎっちりと広がるみかん畑と山々の様子が美しかった。

温泉の入湯料は600円で、絶景が見られる温泉にしては非常に安い。

いそいそと露天風呂に直行して、石造りの浴槽から、雲仙岳に向かって沈んでいく夕日を眺めた。

浴槽の前には一切壁がなくて、前に住んでいる人たちが目を凝らしたら、こちらが見える程度の距離にある。すぐそこは坂になっていて、その向こうに裾野が広い山並みと、その前に広がる穏やかな海。色合いは鈍い。

完全に日が沈むまでの30分の間で、露天風呂に少しずつ人が集まってきていた。

太陽が山に差し掛かって半分くらいになっていた時には、10人ほどのおじさんが集まって黙ってそれを見ていた。

いよいよ太陽が山にかかって、最後の光がぽっと消えた時、「おぉ」と一斉に声がした。

映画が終わったあとみたいに、戻る人はそれぞれまた中に戻っていった。


海岸線側を通って熊本駅に着く。そのまま、気になっていた「にぼらや」のラーメンを食べにいく。優しい味で美味しかった。

ロビーで少しゆっくりしてから、夜12時ごろ就寝。



踏み切り板をとべ - 九州の旅(10)

 2021年11月19日(金)

早く起きて仕事をしようと思っていたのに9時起床。部屋が暗いせいもある。本当は今日がチェックアウトの予定だったが、二日間延泊することにする。

その相談をしたときに、ホステルのスタッフの人と色々と話をして、よかったらもう一人のバイクに乗るスタッフの人も誘って飲みにでも行きましょう、ということになった。

ホステルを出る。前日の話だが、夜に少し仕事をしようと思ってスターバックスに入ったら、思っていたより2時間早く閉まってしまったのですぐに出ることになった。

もう一度、とばかりに同じ場所に行く。駅ビルの5階にあるガラス張りの店内からは、駅前の様子がゆったりと見える。外は気持ちよく晴れていて、路面電車がとことこと走る様子や、人々が行き交う様子が見える。パソコンで仕事をするにはこういうところがいい。「ドリップ、ショート、ホット、マグで」と注文する。全国津々浦々、スターバックスに行ったらこの一言で済ます。今日はついでにスコーンも食べる。

翻訳の仕事をする。集中してささっと終わらせて、ぎりぎりのところで、五車堂というグリルの専門店に行く。たまたま調べたら一番近くにあった美味しそうなところがここだった。

ハンバーグカレーを注文する。ランチ1000円のセットで、サラダ、スープもついてきた。どれも全部美味しくて、メインのハンバーグカレーに至っては、熱々のげんこつハンバーグをスプーンで割ると肉汁が溢れ出して、それがほどよい温度のカレーと混ざり合って至福の味わい。ご飯のシマには、少し炙ったようなプチトマトとポテトが乗っていた。もう午後の2時でランチの営業は落ち着いており、客は僕一人だった。

本当に美味しくて、僕が生涯で食べてきたカレーの中で一番美味しいと本気で思った。それをそのまま、お店の人たちに言葉で伝えた。

※※※

橙書店へ。昨日も行ったが、今日も行く。わざと、museumに行く前に行く。そうしないといつまでも喋り続けてしまうからだ。まだ仕事はある。

カブを店の下に置いて、階段を上がって、ドアを開ける。

今日は久子さん、昨日とは違った表情で迎えてくれる。

チャイを頼む。たまたまカウンターにいたふじもとさん、という埼玉在住の方と話す。出身が熊本で、今は帰省中だそう。ぜひ横浜に来た時は生活綴方に寄ってください、と言っておく。

30分ほど話をしてから、数軒先にある早野ビルの中にある「坂口恭平Museum」に行く。彼が作り出したパステル画、アクリル画、陶芸作品が置いてある。

お店番の女性とも少しだけ話す。

上の階に上がって、今度は坂口恭平さんの奥さん、フーさんのお店に行く。手作りのアクセサリーを売っている。繊細な作りの、感じのいいシルバーアクセサリーだ。展示の仕方も、控えめでいい。

話し始めると、フーさんも横浜の出身だとわかって一気に話が広がる。育った場所も近い。やっぱり横浜の人フーさんと僕は、どこか話し方が同じで、旅で話してきた九州の人や、他の地方の人とはちがった親しみがあった。

同じように標準語で喋っていても、関東近辺の人が話すそれと九州の人が話すそれとでは、ほんの些細なことが、しかし決定的に違うのだ、と思った。イントネーションの違いももちろんあるのだが、何より相槌の打ち方や、話のテンポ、話題の振り方などが同じだ、と感じる。

僕が喋っているのは横浜方言だったんだ、と思う。

白川水源、蜂楽饅頭など熊本に10年住んだ人ならではのおすすめを教えてもらう。今回の熊本滞在で行けるところにはいろいろ行きたいが、次にとっておこう、という気もする。逆に少し残っているぐらいで、じっくりひとつひとつのことを、その時なりに楽しむのがいいのだろう。

お店を出たら、一応熊本城も見ておこうか、と思いそちらに回るも、午後4時半になっていて、タッチの差で入れなかった。中に入りたい、という感じでもなく、外からその存在感を感じられればよかった。きっと震災の影響でこうなっているのかな、と思うような箇所が確かにあった。以前の姿はわからないが、全く変わっているのだろう。

新町にある長崎次郎書店にも寄ってみる。中は普通の書店だが、建物は昔のままだ。2階の、古くて趣のある喫茶店に行きたいと思ったが、今回はやめておいた。また熊本にもっと長い時間滞在する時に来よう、と思う。

「珈琲アロー」というお店も生活綴り方の店長に薦められていたのだが、行ってみたらあいにく2日後まで休み。店内改装のため、という。滅多に休まないお店のようなので、残念。これも、次回。

一度駅の方にカブで戻り、無料の駐輪場に置いておく。シアトルズベストコーヒーという、関東ではほぼ見かけないチェーンに入る(Wikipediaで調べたら、運営母体がJR九州であるらしい)。レモンソーダのようなものを飲んで、コンセントでパソコンを充電しながら文字起こし。だが、最後の最後だけ残して、時間が押してきたのでパソコンをしまい、店を出る。駅前から路面電車に乗って、町の方へ出る。路面電車は、暗くて外がよく見えず、格段面白いということもなかった。バイクで走る方が、周りがよく見えて面白いし早い。でも、何も乗り物を持たずに来ている場合には、全く違った見え方をすることだろう。

バイクを持ってきてこの土地にいるということは、行こうと思ったところには大体行けるのだ、という可能性を持ってここにいる、ということである。

※※※

餃子の店で待ち合わせをしていたので、辛島町の電停からそこまで歩く。スタッフEさんはもうそこで待っていた。店は満杯だったが、10分ほど待って入ることができた。ビール、焼酎ハイボールなどを飲む。なかなか安くて美味しい。別に特別に熊本の食べ物、という感じもしないが、美味しいのでそれでいい。1時間ほど飲んで食べて、もう一人のスタッフHさんが来る時間になったので、外に出て待つ。

当初は、ケーキが出てくるバーに行く予定だったが、ケーキ完売、とのことで、少し探した挙句に、野菜の肉巻き専門店に行くことにした。22:30ごろに入って、23:30には閉店だ、ということだったが、みんなそれなりに疲れていたので、ちょうどよかった。楽しく飲んで、みんなでタクシーで帰る。1000円ほど。

明日も遅く起きるんだろうな、という予感がする。



2021年11月22日月曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(9)

 2021年11月18日(木)

いよいよ熊本市内を見て回る日。とりあえずの目当ては橙書店。村上春樹さんによるエッセイで初めて知って以来、この書店にはずっと行きたかった。

カブでも行けるけど、ここはあえて路面電車で行ってみようかと一度路面電車に乗ったのだが、間違えて反対方面に乗ってしまう。これはカブで行けということだな、と思う。結局一駅先で降りて(情けない気分だ)もう一度駅に戻って裏の駐輪場に廻り、カブに乗って町へ。

12時ごろに橙書店に到着。昨日の夜もこのあたりを通ったが、その時には場所が分からなかった。看板らしきものは(ほぼ)出ていなくて、とても分かりづらい。それがいい。カブを建物の下に停めて階段を上がる。

ちりん、とドアが鳴って、本で読んで想像していた通りの内装。いや、想像よりもいい。

看板猫はいない。でも、猫のベッドと砂場はある。

本をじっくり見る。

せっかくだからゆかりのある本を買おう、と吟味する。

ひとまず一通り見てから、頃合いを見て「食事いいですか」と言って席に着く。チキンカレーとコーヒーを頼む。

もう一人若い女性の人が隣で何かを飲みながら、じっくり外を眺めていた。 

僕は店内のスケッチをした。

そのうち、店主の田尻久子さんと顔馴染みの、女性の方々が何人か来た。楽しそうに話している。店内は本を見るお客さんでも賑わってくる。おそらく20代の男女5,6人。若い人ばかりだ。

自分が飲んだコーヒーのカップをカウンターに下げるついでに、久子さんとカウンターにいたお客さんと、少し打ち解けた雰囲気になったので話をする。横浜の本屋で手伝いをしていて、という話をし、店名を出すと、あっ、生活綴方ですか、なんだ、アルテリ置いてくれてるじゃないですか、と、嬉しそうにしてくれる。

そこからは話が弾んだ。

そのまま、近所の美術館でやっている展覧会の招待券までいただいた。

シュヴァンクマイエルの本と、渡辺京二さんの本、それから田尻久子さんの著書、そして雑誌「アルテリ」を、合計9000円分ぐらい買った。

2時間は中で過ごしがお店を辞去し、カブで、古書汽水社、ポアンカレ書店を覗いてみた。どちらもやっていなかった。ポアンカレ書店は元々ガソリンスタンドだった西洋のお城のような建物である。Googleマップを見ると閉業となっているが、後で調べると、日曜日しか開いていない、とのこと。でも、もうやっていないのだろうか。

デパートの中にある美術館でやっている展覧会にも行ってみる。カブはそこから少し行ったところのまちの駐輪場に停める。

「こわいな!恐怖の美術館展」というその展示、入り口はお化け屋敷になっていて、そこから先は、怖い絵や彫刻やらが展示されている。じっくりとでも1時間ほどで見られる内容に力のある作品が詰まっていて、お客さんも多すぎず、とても見やすくて、やっぱり熊本は文化度が高いなあ、と感心する。

この展示の最後のいしいしんじ氏の作品を本の形にしたものを、橙書店が発行している。そのために招待券を貰えたのである。

まちを散策しつつ、駐輪場の場所も少しずつ把握していく。バイクで移動するときはこれが大事だ。乗っているのもカブなので、大体の駐輪場に停めることができる。しかも、2時間までは無料、というところも多い。なんて親切な町だろうか。

美術展を出て、このまま帰るのもなあ、と思って、街からすぐのところにある江津湖まで行ってみる。バイクで走ればあっという間、15分ほどだ。

北側から、右回りで南の端まで行く。湖自体は小さなものだが、その周りを取り囲む公園がきれいだ。南の方に大きな駐輪場があったので、そこにバイクを停める。それなりに寒いが、セブンティーンアイスのチョコレート味を買って食べた。朝ご飯を食べず、橙書店のチキンカレーも食べきりサイズだったので、まだまだお腹が空いていた。

駐輪・駐車場のところはとても広い芝生の広場になっている。そこで遊ぶ犬たち、子供たち、大人たちの様子がのどかだった。

気つけば空は夕暮れに染まっていて、手前に江津湖、奥には雲仙岳が少し靄がかって見えた。

その様子を見ていて、僕は明日この土地を去る気になれなくなって、もう少し熊本にいよう、と思った。



2021年11月20日土曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(8)



 2021年11月17日(水)

朝、再びゆっくりめ。今日は熊本に出発する。

熊本に行く前に、もう一度みさきと会ってお昼食べる。一回来たことのある港に面したコーヒー屋。だが、ランチで出てきたのはチーズ回鍋肉。おいしい。ご飯にはパセリ。食べたらみさきは職場の美術館に戻る。少し滞在が長かったし、共通点の多いジャグラーとの別れはやはり寂しい。

そのままテーブルでコーヒーの残りを飲みつつメールを一本だけ打ってから、さて、と、時間もたっぷりあるわけではないので、美術館前に停めてあるバイクに乗って、熊本を目指した。

経路はいくつかあった。雲仙を見ながら海側を通って島原に抜け、フェリーで熊本港に行くルートにした。

陽が当たっているので今日はそれほど寒くない、が、日陰に入るとやはり途端に寒い。一度諫早方面に北上する。数日前に来た道を少し戻るような形だ。そして雲仙の連峰を右手に見ながら東進する。途中、事故が起きていた。片道一車線しかないので渋滞しているが、傍をスイスイ抜けて行く。

この道は、山並みが実に綺麗だった。

フェリー乗り場に着いて、そのまま1時間ほど待つつもりだった。だが、自分が調べた路線とは違う路線がもう一つあるようで、そちらがもうあと数分で出発するところだった。全然乗る気はなかったのだが、係員のおじさんが「まだ乗れるかな」と確認してくれて、結局乗れることになった。そこで、急いで船に入って行き、僕がカブを停めるとともにタラップが閉まり、船は出航した。立ち入り禁止の柵をくぐり抜けて客室に上がる。料金は売店で支払った。

船はゆっくりと進んでいく。

行きに北九州に着いたときに乗った船とは随分違う速度である。横須賀から新門司港行きの船はとても速い船だったので、甲板に出ることもできなかった。今回の船は、甲板に出て風を感じることができた。進行方向と逆側の、エンジンの泡が出る方に立って、さっきまで走ってきた雲仙のあたりを眺めた。

ちょうど夕日が沈む頃で、裾野の広い雲仙と、その上に広がる空を見た。船が何艘か見えて、カモメが飛び交い、とても美しかった。

船は1時間ほどで熊本港に着いた。もう、だいぶ暗くなってきている。カブに乗って走り出す。船からバイクで降りるのも慣れてきた。

今回の旅でしっかり雨に降られたのは初日だけで、それからはかなりいい天候が続いている、このまま続いてくれるといい。

熊本港から市内までは、30分弱。熊本は来ることをとても楽しみにしていた。早速、見ている景色にどこか親近感を覚える。遠くに山ばかりが見える。畑が広い。

駅に着いて、まず宿にチェックインする。駅前のビルに入った、きれいなホステルである。ほとんどホテルのような見た目である。

しばらくバイクを停める場所を探す。唯一見つかったのが1日500円のところで、ここに停めるしかないか、と諦めかけたが、反対側に目をやると、スルッと入れそうな駐輪場を見つけた。

ひとまず入っていって、バイクを停めたが、料金など書いていない。これはどういうことだろうと思ったが、誰にも見つからないうちにささっと駐輪場を抜け出した。あとで調べたら無料だということだった。うーん、いいなあ、熊本。


街に出る。もう随分遅い時間だったが、足で走って新市街の方まで出てみた。

アーケードが連なっていて、そちらの方はとても賑やかだった。

駅前のひっそりとした空気とはだいぶ違う。


最初に目についたラーメンを食べた。

洋食屋風の服に身を包んだおじいさんが、「よいしょよいしょ」といいながら作るラーメンだった。

宿に戻ってくる。

すると、出発する時にいたバーカウンターにいた二人が、まだバイクの話で盛り上がっていた。

そこで、一本だけビールを頼んで、会話に混ざった。

結局2時ぐらいまで話し込んでいた。


2021年11月19日金曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(7)



 2021年11月16日(火)

前日の疲れもありゆっくり起床。

12時ごろに大吾さんの泊まっている宿へ。大吾さんは今日帰る。

みさきに連絡をとって、長崎駅付近のビルで集合。レモンとんこつラーメンを食べる。そのビルの中には映画館があった。みんなどこで映画をみるんだろうね、どんな映画がかかるんだろうね、という話をする。

ジャグラー、こうたくんとも合流。カフェに行こうか、どうしようか、と迷ったが、みさきが、県庁の上にはフリースペースのようなものがあって、そこがガラガラですよ、というのでそちらへ。西友で飲み物を買う。

県庁の建物は新しく気持ちいいところ。たしかに人が全然いない。大吾さん、みさきが作ったボールを広げて4人で話をする。

大吾さんはここを最後に帰路に着く。バス停まで送りに行く。そのまま、こうたくんもバスで帰る。

残った僕とみさきでしばしぶらぶら。港を眺めたりなどする。立ち飲み屋でもあるといいねえ、と話しながら街の方を歩くと、ちょうどいい塩梅の、安い、立ち飲み居酒屋があった。小銭で飲めて、本当に安い。

ここでしばらく話に花を咲かせる。二人ともジャグリングそのものの練習はコンスタントにしている方ではないが、ジャグリングと人生が絡んだ話がお互いにたくさん出てくる。店員さん、お客さんが時々話に入ってくる。映画、マーベルの話など。

飲んで、そのまま僕が泊まるホステルに行く。ここは期せずして、みさきが関係しているところであった。なのでふらりと入れる。ロビーで酔いを覚ましながらしばししゃべる。僕はコーヒーを飲む。みさきは水を飲む。

8時を過ぎたころに解散。


そのあと、妙に寂しい気分になって、ホステルを出て町を歩き回った。

アテもなく気が向くままに歩いた。ふと顔を上げると長崎の初日に行ったイタリアンレストランが目の前にあった。また歩く。とにかく、歩く。旅が続くなあ、とおもう。

ラーメンでもないかな、と思って歩いたものの、見つからず、しょうがないか、と思って宿に戻ろうとしたら、宿のほぼ真向かいに三八ラーメンというラーメン屋があった。ぱっと入って、ラーメン、と注文する。もう二人おじさん入ってくる。片一方はラーメン。もう片一方は、ビールを頼んだ。「もうすぐ閉めようと思ってるんですが」と店員がいうと、「すぐ飲んじゃうから」と言った。

おでんとラーメンも食べていたけど、すぐ帰ったんだろうか。

宿に戻る。

ベッドに入ると、なんだか同じ部屋で、配信をしているような人がいて、小声でずっと喋っており、うるさかった。何回か文句を言いに行ったが、結局最後までうるさかった。


2021年11月16日火曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(6)



2021年11月15日(月)
二人で9時半に起きる。眠い眠い。

宿は五島町にある。
部屋の窓には、少し重みのある木製のブラインドが付いている。向こうは湾。船着場がよく見える。建物には黄色い巨大な球が上についている。遠くは山の斜面を覆い尽くすようにたくさんの家屋がある。

宿を出て、コーヒーとパンを売っているお店に行く。古い建物の風合いをそのまま生かした室内で売っている。空間は広いが、置いているものはシンプル。数種類のパンとエスプレッソマシンだけ。テイクアウトして港に行く。チョコパンが大きくて美味しい。カリッと、というよりはサクッとしている。

ロープウェイで稲佐山という山の頂上の展望台まで上がれるので、それを目指す。宿を完全に離れたので重い荷物を持っていて、やや疲れる。あまり寝られていないせいでもある。

途中、駅前の新しいイベントスペース「出島メッセ」のトイレを借りる。広いですねえ、新しいですねえ、と言いながら建物を出ようとしたら、自動ドアが開かなかった。どのドアを調べても開かず、結局インフォメーションにいた人に鍵を開けてもらった。今日は休業日なんです、という。なぜ入る時は開いたんだろう。まだ開業して2週間ほどだそう。

ロープウェイは、可もなく不可もなく、というところ。少し高かった。バイクで頂上まできた方がよかったな。

山を降り、ご飯を食べる。だいごさんが前日にマークしておいた中華屋でちゃんぽん、皿うどんを食べる。僕はちゃんぽん派である。
その後今日と明日の宿にチェックイン。しばし呆然とする。

港の喫茶店に行って、みさきと合流。少し遅れて大吾さんもくる。
ジェラティーナを頼む。コーヒーゼリーにミルクが注がれている。
みさきはカフェラテ、だいごさんはエスプレッソ。ハマっているのだ。

話している途中で、にゃー、にゃー、と声が聴こえてきた。店の脇の階段にいた猫だった。思わずかわいいねえ、と猫を撫でた。そうか、猫撫で声ってこのことか。

美術館に行く。隈研吾事務所設計の建築。建物もとてもいいし、展示も良かったのだが、お客さんは僕と大吾さんとみさきしかいなかった。展示について語り合いながら堪能した。ミロの絵がハイライト。

街に戻り、カレーを食べる。特に長崎らしいというのではないが、これでいい。おいしかった。途中でしゅうじさんも合流。

昨日の疲れもあって早めに退散。
しかし、最後に山に登っておこう、と、カブでだいごさんと鍋冠山に登る。15分ほど。
夜景が綺麗だ。綺麗だが、綺麗すぎなくて、横目に話すくらいがちょうどいい感じが好ましかった。一時間くらい、お互いのこれからの話をする。

寒くなってきたのでそれぞれの宿へ。
帰ったら、シャワーもあびずにすぐ寝てしまった。

踏み切り板をとべ - 九州の旅(5)

2021年11月14日(日)

昨日少し飲み過ぎた。7時に起きる。シャワーを浴びて、荷物をまとめて、ロビーに降りた。別に希望したわけではなかったのだが朝食がついているプランで、食券を渡したら野菜カレーが出てきた。ドリンクはハーブティーとコーヒーが選べた。ハーブティーを選んだ。なんとなくお酒の後の日にはこちらがよい気がした。
出発しようと思ったら、空が薄暗い。道ゆく人をみると、中には傘をさしている人もいる。あまり寒さのことを考えない格好で来てしまっているので、ゲンナリした気持ちになる。もう一枚、もっと暖かい上着が欲しい。
とにかく、カブにまたがって長崎の滑石を目指して出発。
走り始めて5分でもう体が冷え込んできた。太陽が出ていないと、とても寒い。暗いと気分も晴れない。
早く陽が出てくれることを切に願う。

途中、佐賀市と久留米市が交互に出てくる箇所がある。筑後川と、それを挟んだ向かいの山脈の様子がとてもきれいだった。

休憩したセブンイレブンで、小さい男の子がカブに興味を示していた。
「カブみたい! ねえ、カブみたいだよ!」
そう、カブはカブでも新しいカブだよ、と教えてあげる。
「家にね、カブがあるんだけど、無くしちゃったの」
という。
見つかるといいね、と言った。
「カブ、カッコいい!」
そう言って男の子は手を振りながらお母さんとコンビニに入って行った。

かっこいいカブに乗って、滑石についた。
後半はだいぶ陽も出てきて楽だった。それまで安っぽいレインコートまで着て寒さを凌いでいたが、太陽が出てきてから、途中で脱いだ。

滑石の公民館横のスペースで、大橋昂汰くん、大吾さん、Misakiに会う。大橋くんと一緒にジャグリングをしている子供たちもいる。
動画で見たことのある場所だった。

大人と子供、互いに自己紹介をする。
一部の子を除いてみんななかなかシャイである。
男の子からいろんなお話を聞き、女の子と一緒にごっこ遊びをした。
ローソンで軽食を買ってきて食べる。集まりは誰にも何にも拘束されていない。

しばらくして、みんなにあいさつをしてバイクで長崎に一足先に帰る。
泊まる部屋に入って、仕事をする。

明日以降の宿を調べたりしながら窓の外を見やって、不安な気持ちが襲ってきた。
ずっと移動してホステルに泊まっていたら、お金が目減りするだけだな、と思って。
働いてはいるし、収支で言えばプラスなのだが、そういうことではないのだ。
でも、定住がスタンダードだ、ということへの本能的な違和感もあるから、その両方を等しく感じたんだと思う。
いい時間だった。

仕事を終え、改めて大吾さんとみさきと、みさきのパートナーのしゅうじさんと合流。長らく行きたかったイタリアンのお店でご飯を食べる。
これも、店主のケンさんを交えて長々と話し、とてもいい時間だった。
壁に絵も描いた。

大吾さんと部屋に帰り、対談をしたり、絵を描いたり。寝たのは3時半だった。

2021年11月14日日曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(4)

2021年11月13日(土)

朝7時のアラームをかけたが、4度か5度スヌーズを止めて、起きたのは8時。部屋は暗い。シャワーを浴びて、バイクに乗るための暖かい格好に着替える。ヒートテックを履く。上は4枚重ね着する。だがこれから乗るのは電車だ。

その前に、昨日行ったカフェにもう一度、今度はモーニングを食べに行く。僕が最初の客だった。その後すぐに4、5人の人が入ってきて注文する。二番目に入ってきたいかつい男の人が、クリームソーダを頼んだ。僕はサラダと目玉焼きとトーストの豪華なモーニングを箸で食べ、締めにクリームを入れたコーヒーを飲む。

小倉駅へ。昨日、門司港にバイクを置いてきたので取りに帰る。ついでになんの縁か、たまたま今日門司港に着くという、かつて一緒に働いていた二人の友人M、Iと、昨日の友人Kとで合流して会うことになる。

僕は一足先にバイクを回収する。昨晩お酒を飲んだから、カブはKが働く宿に置かせてもらっていた。宿の「女将」であるさくらさんにもお礼を言う。昨日見た地平線を、今度は明るいうちに見に行く。同じ道を走っても、夜、雨の中で行くのと晴れた青空の下で行くのでは全く違う。走るには、晴れている、明るいうちがいい。

灯台に着いて、100段くらいある階段をまた上まで登る。50代同士くらいの夫婦が階段の途中で景色を見下ろしていた。天気いいですね、と挨拶し、追い越す。灯台がある高台のてっぺんに着いたら、僕も海を、上から見下ろす。

船が行き交っている。

夜の方が船は大きく見えていたような気もする。

波の音は聴こえない。

今日は、いい景色だな、とだけ思った。

カブで、門司港駅まで一気に戻る。20分ほど。20分というとすぐなような気もするが、バイクで走る20分は少し体感が違う。20分間バランスをとっている。

予定よりも早く駅に着いたので、ベンチに座って少し仕事をする。カブは港に置いた。多分こういうことには寛容だろうなと思った。向こうから、Kと宿で出会った人二人が来る。一緒にMとIを待った。

※※※

K、M、Iと一緒に洋食屋で昼を食べて、港で少し過ごし、通りがかりの子供にジャグリングを見せてから、3人に見送られて出発。ここから久留米まで一気に走る。2時間半ほど。門司港を抜けてからはほとんど真っ直ぐ。山道を抜けていく。地図上で見た時は、山の中のひとけのない道を走るのかと思っていたが、それなりに家や畑はある道を通っていく。途中、余裕だと思っていたガソリンが少なくなってきて給油。現金のみの小さなスタンド。また走る。意外に暗くなるのが遅い。17時を過ぎてようやく暗くなってくる。南に走っていってるんだな、と思う。

久留米に着いたが、ホステルに着く直前まで、本当にここでいいのかな、と思う。周りがあまり明るくなかったからである。都市に近づくと、それなりに明るくなっていくと思っているが、久留米ではそれがあまりなかった。

着いたホステルの前にカブを停める。西鉄久留米駅の目の前にあるとても新しいホステル。入り口の上にはネオンサインがあり、中はおしゃれなバーのようになっている。一階が広いバーだ。カブの隣には自転車があって、ここに二輪は置いておけそうだ。受付を済ませて部屋に上がる。

部屋に落ち着いてからInstagramを開いたら、大学時代の友人Aが久留米にいるということがわかった。そう言えばそうだった。その場でチャットしてみる。するとすぐに返事があって会うことになった。一時間後には駅で会っていた。

歩いて街を案内してもらって、いつも通っているという焼き鳥屋に行く。席に着くなり、店員のおいちゃんに「焼酎でいいっちゃろ」と言われていて、なじみであることがわかる。でも今日はビールで乾杯してもらう。店にいるみんなの距離が近くて居心地がいい。それからすぐ近くのラーメン屋に入ってラーメンでしめる。

そのあと帰り際、雰囲気がいいバーの近くを通る。せっかくなら、と入ったら、中はまるで魔法学校のような佇まい。1957年からやっているそうだ。カウンターにいたのはもう今年で84歳だという女性。でも元気。昔の話をしてくれた。Aと同じ高校だというので、その話で盛り上がっていた。昔の写真も見せてもらう。

一杯飲んだだけで帰ったが、ひとり2500円だった。びっくりしたけど、でもいいお店だった。

明日は長崎に向けて走る。



2021年11月13日土曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(3)

2021年11月12日(金)

少し小倉を探検してみようと思い、ショルダーバッグを肩にかけて歩き出す。1日では到底この地域のことなんてわからないと思う。でも、それは1年でわかることなのか。一生かけたらわかることなのか。

駅前まで歩いてユニクロに入る。びしょ濡れの靴の代わりに履くためのスリッポンを買う。二足を適当に入れ替えたほうが靴も長持ちするから、この方がいい。
駅前の雰囲気がだいたいわかったので、宿の方に戻り、旦過市場に入ってみる。ボロボロの建物に、今にも崩れ落ちそうな屋根がかかっている。韓国を思い出す。これはいい。売っているものに生々しさがある。店の奥を覗くと、ざっと50年以上は前から使い続けられているであろうものたちが顔を覗かせている。シンガポールの小汚いけど美味しい屋台のことも思い出す。

一度部屋に帰りパソコンをとってくる。外に出て、タリーズコーヒーに入る。さっき散歩している間、川沿いにあるのが目に入ったのだ。川沿いの席に座ると、机の高さもちょうどよく、作業の手を止めて顔を上げると川が見えた。しっかり気が紛れるのでいい。ずっとは集中できないからこれがいい。カフェラテを飲みながら、文字起こしをする。目の前には、NHKの北九州放送局と、小倉城が見えた。雨が不規則に降っている。時に前が見えなくなるくらいの雨が降る。でもそれは10秒もすると止んで、いきなり晴れたりする。妙な天気だ。

文字起こしの仕事がひと段落つき、今度は商店街にある別の個人経営のカフェに行く。もう開業54周年だそうで、年季の入った店内だ。カウンター席とテーブル席がある。カウンターにはランプが吊り下げられ、テーブル席は少し低めの革張りのソファ。純喫茶である。奥のドアを開けた先に喫煙席があって、店内には煙はない。おそらく数年前まではここも紫煙に包まれていたのかな、と想像する。来るお客さんは若い人が多く、主に動いている店員さんも若い学生ふうの女性で、マスターはずいぶん歳をとって椅子に座っているけれども、なんだか今でも店が、地元の人に生き生きと利用されている感じがする。頼んだコーヒーもとても美味しかった。チーズケーキも食べた。ここでは絵を描く。場所ごとに作業は決まる。

その純喫茶をあとにし、今度はドトールに入る。さっきタリーズにいる間にメールで来た仕事を終わらせたい。今日中に終わらせたい。ココアを頼んで、集中してやる。わざわざ小倉まできてドトール、でいい。仕事がそれなりにある方がいい。場所はどこでもいい、と思えるのがいい。

予定通り終わらせてドトールを出て、カブを取りに行って、そこから30分ほどかけて門司港に行く。かつて一緒に働いていた友人がそこにいるのである。たまたま、僕がこちらに来る日程と被って門司港のゲストハウスで働いているのだ。

途中からポツポツと雨が降り始めた。少し激しくなったかと思うと止み、また降り出し、を繰り返す。そうこうするうち、完全に止んで、雲は晴れ、月が眩しいほどに浮かんでいるのが見えた。岬の灯台の方までバイクで行ってみたのだが、さっきまで真っ暗であまり先が見えなかったのが、今は月明かりのおかげでかなり先まで見える。

5、6艘の船が常に行き来している。

地平線が長い。

今いる地表の様子が少し違って感ぜられる。

向こう側は山口県だ。

星も多い。

いや、星はずっと同じ数だ。ただ、そこにあるのが今はこちらに分かる、ということだ。

岬から帰ると、件の友人と一緒にご飯を食べることにした。
唐揚げと瓶のキリンビールを頼む。甘いタレがかかった唐揚げは、今まで食べたどんなものよりも肉が柔らかくて、まったく違う食べ物のようだ。

ホッとする気持ちと、いつもと違う土地にいることの高揚感が、二匹の子猫のようにぐるぐると、じゃれあっているような気分になる。

市場で、今までまるで存在も知らなかった日本の姿を見ること。
川沿いのタリーズで仕事をすること。
知らない土地で美味しい唐揚げを食べること。

店を去り際に、ここは何時までやっているんですか、と聞いてみた。「本当は10時くらいなんですけど」と言った。今は夜の11時。20人ほどが座れる店内だが、ほとんどお姉さん一人でやっているそうだ。
「来ない時は平日なんて全然来ないから、お客さんが来てくれる方が嬉しいんですよ」

帰りはJR門司港駅まで見送ってもらって、終電で帰った。
小倉駅からは、歩いて宿まで帰った。小倉の町は飲み屋が星の数ほどあって、まだまだ楽しそうな人たちで賑わっていた。


2021年11月12日金曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(2)

2021年11月11日(木)フェリー「はまゆう」〜小倉

朝7時ごろに一旦目が覚める。寝床そのものは、小さいが快適だった。しかし、船がとにかく揺れる。地震でいえば震度3ぐらいの揺れが常に身を襲っている(横になっていると余計に浮き沈みがわかる)。寝入る前は落ち着かなくて、地震に似た揺れがくると反射的に身構えてしまい、なかなか寝つけなかった。それでも一応「朝」と言える時間に目が開いた。ひとまずズボンを履いてロビーに出てみた。

人はほとんどいなかった。そもそも乗船客が少ない。50人ほどだろうか。朝日が差し込んでいる。昨日の夜中には気が付かなかったが、この船の窓からは景色がよく見える。朝のうちにひと仕事しようかとも思ったが、どうにも眠いのでもう一度布団に入った。

8時を過ぎると、船中の明かりがついた。ロールカーテン越しに明かりを感じる。まだ眠いので、横になったまま目を閉じる。

「横須賀を目指す船それいゆとすれ違います、またとない機会ですのでぜひご覧ください」

と放送が入った。またとないも何も、毎日運行してるんだから1日1回はすれ違うだろう、と思った。

10時半ごろに、再び起きる。今度はぱっちりと目が覚めている。売店でクリームパンを買った。保存の効くパネトーネ種の小麦を使ったパンだった。わりに美味しい。レストランにあったコーヒーマシンでコーヒーも淹れて、朝ごはんらしくした。カフェオレを買ったのだが、やたらに甘かった。

大浴場に行く。浴室にいたのは一人だけで、露天風呂でずっと半身浴をしていた。僕もそこへ混じる。風がものすごい勢いで吹き付けている。水面に激しく波が立っていて、海の様子と共鳴している。これも昨日の夜には気が付かなかったが、屋上だけあって、一段と綺麗に海の様子が見えた。少し遠くに陸地も見える。

風呂を上がって、ロビーに戻り、しばらく机で仕事をした。とても静かだ。聞こえるのは、船の唸りだけである。隣にスリランカの人が座ってきた。話を聞くと、福岡に住んでいて、筑波から車を買って帰ってくるところなのだという。もう8年も日本に住んでいるというので日本語はとても流暢で、まるで日本で生まれ育った人かのようだった。

昼は、一回ぐらい行っておくか、と思って船内のレストランで食べた。長崎ちゃんぽん800円。安くもないし特別な味はしないが、美味しかった。横に、昨日横目で見ていた取材中の女性が座った。船に泊りがけで取材をしているのだ。

昼を食べて再びロビーの仕事スペースに行く。どうにも何か口にしていないと落ち着かず、缶コーヒーをちびちび飲みながら文字起こしと翻訳の仕事を交互に行った。途中で場所も移動して、レストランからの景色を描いたりした。持ってきた『コン・ティキ号探検記』も読んだ。たくさんのことを一度にやらないと落ち着かない。一個のことをじっとやり続けることができない。

今回の旅は、自身の生活態度と向き合うためのものだ。

「踏み切り板をとべ」というのは、加藤典洋さんという大学時代の師匠からもらった、文章への批評である。青木はいつまでも調べてばかりで肝心の中身になかなか踏み出さないけど、文章を書くには、どこかで踏み切り板を飛ぶ、もうそこから先は躊躇して線を越えたらアウト、という線を作るんだ、ここからはもう後戻りしないで、勢いよく飛ぶんだ、そういう書き方をしなさい、という主旨だった。

この指摘は、文章に対するもの、というよりも僕自身の性格に充ててなされた批評だと解釈している。加藤さんは、間違ってもいいからもうここを越えたら自分の選択についてつべこべ言わない、そういう「振り返らない」態度を持て、と言ったのだ。

九州を、いつも通り仕事をしながらバイクであてもなく旅する、というテーマとしてはごくシンプルなこの移動は、振り返らない、納得をどこでするか、という線引きをより明瞭にするための修行としての旅である。

自分でルールを決めるんだ。

そういうテーマのある旅である。

もうすぐ下船の時間になる。


※※※


下船する直前、件のスリランカ出身の青年と連絡先を交換した。歳を聞いたら同い年。「博多通る時はいつでも連絡してよ」という。旅は人を軽くする。

下船時、「新門司港の天候は雨です」という放送が入った。雨用の装備に着替える。人数が少ないせいもあるが、下船が始まってすぐにロビーの外に出た。カブに乗る。

出口まで徐行し外を見ると、嵐のようだった。風は強く、雨も激しい。この時点でカッパを羽織って、手袋も防水のものに替えておけばよかった。しかしただ単に嵐のように見えるだけなんじゃないか、という理由のない自信があって、そのまま外に出た。

案の定1分もたたないうちにびしょ濡れになり(当然です)、手も足も冷え込んできた。ここから小倉の宿まではおよそ30分。暗いし、寒いし、ひとけはないし、惨めな気分になる。しかも、船で長時間振動が加わったのが原因か、温度差か何かが原因と思うのだが、ブレーキをかけると停止直前にキイキイ音がする。靴は一足しか持っていない。濡れてしまうと明日以降が不快である。なんで靴用のカバーを持ってこなかったろうか。「持って来ればよかったものリスト」は旅の序盤から、いや、序盤こそどんどん更新される。簡単に動けるジーンズ以外のズボンも持って来ればよかった。ジーンズをいちいち履くのが面倒だ。散々旅をしていても、全然学習しない。

明日ユニクロにでも行って足りないものを買おう、と思う。

宿は、旦過市場という古い市場の横にあるホステル。その目の前に駐輪場があったので、そこにバイクを停める。

中に入ると、お姉さんが部屋まで案内してくれた。びしょびしょになった装備を絞ったりハンガーにかけたりして、明日までにそれなりに乾くことを願う。

ひとまずホッとしようと思って、ホステルの下にあるローソンでビールとお菓子を買ってきて、飲みながら本を読む。

バイクで旅をするというのがどういうことかを学習しているんだな、と思う。



2021年11月11日木曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(1)

しばらく九州の旅に出る。カブに乗って、気が済むまで走るつもりである。道中では色々なところで仕事をしながら、ものを考えながら過ごすつもりである。

2021年11月10日(水) 横浜自宅〜横須賀
綴方でTak.さんに絵を渡して、夜9時に横浜の家を出る。
本当は8時半に出る予定だったが、支度が思ったよりかかった。バイクにどう荷物を積むか試行錯誤していたせい。
おおむね国道16号をまっすぐ下っていき、一時間と少しで横須賀に着く。横須賀に入った途端、5分間くらいだけアメリカを感じた。
道が広い、建物が平坦。
米兵がおり、英語を喋っている。
僕はマーベルコミックの映画シリーズにどハマりしているので、そのせいでアメリカンイングリッシュを聴くと気分が高揚する体になってしまっている。
フェリー乗り場は、コンテナが積んであるエリアを入って少し奥まったところにあった。旅という理由がなければ入らないであろうところに入っていくのは楽しい。乗り場はとても新しい。目の前でトラックが停車していて長いことかかっていたので、誘導の人をスルーしてとりあえずターミナルに向かい、停車する。
これから遠くに行く、ということがいつにも増して大袈裟な実感を持って去来する。とても、とても興奮する。
これか、これが欲しかったのか俺は、と思う。同時に、これは、新鮮なうちにこれからの旅の糧になるように、「やり方」として定着させなければいけないぞ、自分にとって旅とは、何が本質的にいいのかを見極めて、それを次のもっと大きな旅の時に同じようにできないといかんぞ、と思った。

なんでこんなに興奮しているんだろう?

イギリスに行く時よりも嬉しい気持ちでいるように思う。そうでもないかな。

乗船時間になり、最徐行でお願いします、と係の人が言う。それに従い、ギア1速のまま、車2台がすれ違えるぐらいの長く広いタラップを登り、はるか上にある(ように見える)船の中へと登ってゆく。船に入ると、青い棒のところまでカブを進めて固定してもらう。

歩いて船内に入る。明るい色、清潔な船内だ。一昔前の安い船旅はこうはいかなかっただろうと想像する。
小さな売店、ジム、露天風呂まである。とりあえず部屋に入る。一応最低ランクのバンクベッドの部屋で、カプセルホテルのような作りではあるが、とてもいい部屋だ。ロールカーテンの仕切りもあって、自宅の部屋よりも寝やすいかも。
荷物を置きしばらく船内を散歩した後、風呂に行く。大浴場だ。普通の銭湯くらいの大きさはある。サウナは、今コロナ対策だというので使えないが、それでも、最上級の贅沢をしている気分だった。僕が入った時には一人おじさんが露天風呂で外を眺めていたが、僕が入って2、3分したら出ていったので、独り占め。空を見上げて星を見た時、角幡唯介氏が北極で星を見たときの話をおもいだした。

風呂を上がり、売店でカフェラテ味の白くまを買う。取材で来たのだろうか、スーツを着た人がいる。横目で見ながらアイスを食べる。寝る前に今回の旅でやるべきことの弾みをつけよう、と思って、一番デスクワークがしやすそうな一人用の机を見つけ、ハガキ大のスケッチブックに絵を描き、日記と今日の感想を書く。
ひとつひとつ、「これが一番のやり方じゃないかもしれない」と感じながらでいいから、とにかく手を動かし、ものを作り出す。


2021年11月2日火曜日

ながいつぶやき(206)ちまちましたことをしないで

九州に行く予定を立てている。そもそもいつからいつまで行くか、ということを決めるのに、その周りの予定も関わってきて、このぐらいの日数行くのであれば、これぐらいの予算を立てたいから、そのためにはその後の期間でこれぐらい稼ぐ必要があるな、とか、逆にこの期間を稼がないことに充てる代わりに、家にあるものを少し売って足しにすればいいかな、とか、色々と可能性を考えるのが楽しい。

楽しいのだが、こんなちまちましたことをしないで、豪快にえい、と行きたいように行きたいところに行って、カネなんか後で考える、という態度でいられたらどんなにいいか、とも思ったりする。