2021年11月12日金曜日

踏み切り板をとべ - 九州の旅(2)

2021年11月11日(木)フェリー「はまゆう」〜小倉

朝7時ごろに一旦目が覚める。寝床そのものは、小さいが快適だった。しかし、船がとにかく揺れる。地震でいえば震度3ぐらいの揺れが常に身を襲っている(横になっていると余計に浮き沈みがわかる)。寝入る前は落ち着かなくて、地震に似た揺れがくると反射的に身構えてしまい、なかなか寝つけなかった。それでも一応「朝」と言える時間に目が開いた。ひとまずズボンを履いてロビーに出てみた。

人はほとんどいなかった。そもそも乗船客が少ない。50人ほどだろうか。朝日が差し込んでいる。昨日の夜中には気が付かなかったが、この船の窓からは景色がよく見える。朝のうちにひと仕事しようかとも思ったが、どうにも眠いのでもう一度布団に入った。

8時を過ぎると、船中の明かりがついた。ロールカーテン越しに明かりを感じる。まだ眠いので、横になったまま目を閉じる。

「横須賀を目指す船それいゆとすれ違います、またとない機会ですのでぜひご覧ください」

と放送が入った。またとないも何も、毎日運行してるんだから1日1回はすれ違うだろう、と思った。

10時半ごろに、再び起きる。今度はぱっちりと目が覚めている。売店でクリームパンを買った。保存の効くパネトーネ種の小麦を使ったパンだった。わりに美味しい。レストランにあったコーヒーマシンでコーヒーも淹れて、朝ごはんらしくした。カフェオレを買ったのだが、やたらに甘かった。

大浴場に行く。浴室にいたのは一人だけで、露天風呂でずっと半身浴をしていた。僕もそこへ混じる。風がものすごい勢いで吹き付けている。水面に激しく波が立っていて、海の様子と共鳴している。これも昨日の夜には気が付かなかったが、屋上だけあって、一段と綺麗に海の様子が見えた。少し遠くに陸地も見える。

風呂を上がって、ロビーに戻り、しばらく机で仕事をした。とても静かだ。聞こえるのは、船の唸りだけである。隣にスリランカの人が座ってきた。話を聞くと、福岡に住んでいて、筑波から車を買って帰ってくるところなのだという。もう8年も日本に住んでいるというので日本語はとても流暢で、まるで日本で生まれ育った人かのようだった。

昼は、一回ぐらい行っておくか、と思って船内のレストランで食べた。長崎ちゃんぽん800円。安くもないし特別な味はしないが、美味しかった。横に、昨日横目で見ていた取材中の女性が座った。船に泊りがけで取材をしているのだ。

昼を食べて再びロビーの仕事スペースに行く。どうにも何か口にしていないと落ち着かず、缶コーヒーをちびちび飲みながら文字起こしと翻訳の仕事を交互に行った。途中で場所も移動して、レストランからの景色を描いたりした。持ってきた『コン・ティキ号探検記』も読んだ。たくさんのことを一度にやらないと落ち着かない。一個のことをじっとやり続けることができない。

今回の旅は、自身の生活態度と向き合うためのものだ。

「踏み切り板をとべ」というのは、加藤典洋さんという大学時代の師匠からもらった、文章への批評である。青木はいつまでも調べてばかりで肝心の中身になかなか踏み出さないけど、文章を書くには、どこかで踏み切り板を飛ぶ、もうそこから先は躊躇して線を越えたらアウト、という線を作るんだ、ここからはもう後戻りしないで、勢いよく飛ぶんだ、そういう書き方をしなさい、という主旨だった。

この指摘は、文章に対するもの、というよりも僕自身の性格に充ててなされた批評だと解釈している。加藤さんは、間違ってもいいからもうここを越えたら自分の選択についてつべこべ言わない、そういう「振り返らない」態度を持て、と言ったのだ。

九州を、いつも通り仕事をしながらバイクであてもなく旅する、というテーマとしてはごくシンプルなこの移動は、振り返らない、納得をどこでするか、という線引きをより明瞭にするための修行としての旅である。

自分でルールを決めるんだ。

そういうテーマのある旅である。

もうすぐ下船の時間になる。


※※※


下船する直前、件のスリランカ出身の青年と連絡先を交換した。歳を聞いたら同い年。「博多通る時はいつでも連絡してよ」という。旅は人を軽くする。

下船時、「新門司港の天候は雨です」という放送が入った。雨用の装備に着替える。人数が少ないせいもあるが、下船が始まってすぐにロビーの外に出た。カブに乗る。

出口まで徐行し外を見ると、嵐のようだった。風は強く、雨も激しい。この時点でカッパを羽織って、手袋も防水のものに替えておけばよかった。しかしただ単に嵐のように見えるだけなんじゃないか、という理由のない自信があって、そのまま外に出た。

案の定1分もたたないうちにびしょ濡れになり(当然です)、手も足も冷え込んできた。ここから小倉の宿まではおよそ30分。暗いし、寒いし、ひとけはないし、惨めな気分になる。しかも、船で長時間振動が加わったのが原因か、温度差か何かが原因と思うのだが、ブレーキをかけると停止直前にキイキイ音がする。靴は一足しか持っていない。濡れてしまうと明日以降が不快である。なんで靴用のカバーを持ってこなかったろうか。「持って来ればよかったものリスト」は旅の序盤から、いや、序盤こそどんどん更新される。簡単に動けるジーンズ以外のズボンも持って来ればよかった。ジーンズをいちいち履くのが面倒だ。散々旅をしていても、全然学習しない。

明日ユニクロにでも行って足りないものを買おう、と思う。

宿は、旦過市場という古い市場の横にあるホステル。その目の前に駐輪場があったので、そこにバイクを停める。

中に入ると、お姉さんが部屋まで案内してくれた。びしょびしょになった装備を絞ったりハンガーにかけたりして、明日までにそれなりに乾くことを願う。

ひとまずホッとしようと思って、ホステルの下にあるローソンでビールとお菓子を買ってきて、飲みながら本を読む。

バイクで旅をするというのがどういうことかを学習しているんだな、と思う。



0 件のコメント:

コメントを投稿