2022年7月31日日曜日

量を増やすだけ

 なんか自分はもっと「演じる」ということを楽しんでいたなあ、と昨日友達と電話をしていて思ったのである。小さい頃は、暇になるたびにぬいぐるみをバラバラとかごから出して、思いついた側からお話を演じさせていた。あれは、かなり自分にとって欲望と現実が肉薄した創作体験だった。

 それをそのまま、ということではなくても、何かしら近い感覚を呼び起こすことはできるんじゃないかとも思う。僕が一時期書いていたnoteの連載もそんな感覚を呼び起こすためのものであった。そこに余計な思慮のない、ただ思ったことを具現化するだけの行為がやっぱり一番楽しい。あとはその量を増やしていけば、もうそれで幸福でいられる。

2022年7月30日土曜日

偶然で

 あまり期待しないで一日を始めると、却って面白いことが起きる。朝起きてから適当に絵を描き、それからバイク配達に出た。特に希望もなく絶望もなく、まぁ他にやることもないし(あるけど)行くか、くらいの気持ちでなるべく淡々と出る。
 距離の長い依頼を選択的に選んでいたら、ずいぶん遠くまで飛ばされてしまった。そこで、前々から行きたいと思っていた猫カフェに近いところにいたことに気が付く。営業日を調べると、今日はちょうど営業日。その場で電話をかけてみたら、今日は今からOKだ、と言われる。では、とそのまま向かう。感じのいい、木でできた外装。中に入ると、ゆったりとした店内に猫たちが10匹ほどいた。
 今は、その猫カフェを出て、ガソリンスタンドにあるドトールでパソコンを広げている。何か劇的にいいことが起きているか、というとそうでもないけど、まぁ、これはこれで、それなりに面白いからいい。

2022年7月29日金曜日

合間でやる

 翻訳仕事の合間を縫ってここを書いておく。取り立てて書きたいことはないが、編集画面を開いて書いておく。文章を書くことが比較的好きだと分かっているのなら、あとは余裕を持って書ける時間をとことん生活の中に用意してあげればもうそれ以上することはないんじゃないか、と思う。必要なのは才能ではなくて、時間なのだ、と思う。

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 昨日は夜に、急遽、生活綴方のお店番のサイトウさんと飲むことになった。白楽の焼き鳥屋に行った。普段はとても混んでいるのだが、平日の夜だからなのか、どうも感染者が増加しているからなのか、ほとんど席は埋まっていなかった。2人でお互いの話をしながらビールを傾けた。帰ったら少し頭が痛くなっていた。朝は起きられないだろうな、と思って、案の定、6時半に一度起きてゴミを捨てに行ってから、帰ってもう一度寝て、起きたら10時になっていた。

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 やるべきだと思っていることが多すぎるような気もするが、どんどん拡散してしまう興味を抑えれば全部実現可能だとも思うし、でも拡散する興味をそんなに抑えていいのか、という気持ちもあるし、半々である。

 こうして要約だけ書いてとりあえず書いたことにしちゃう、というのもなんだか芸がないなと思っていて、だからこそ、「時間を費やさないと」と思っているわけで、相反することをしているなと思う。時間がかけられないのは、結局計画が下手だからなので、計画をきちんとできるようになる、ということで、自由に遊ぶ時間ができるということだよね。当たり前である。

2022年7月28日木曜日

お話がしたい

 文章というのは、書いている時間にのみ「書いている」と言えるので、とにかく、書こうと思ったら、まず書き始めるしかない。このことはもう何百回も言ってきているんだけど、それでもこうして書く。それはひとえに僕がそれをできていないから、であるのだが、でも、こうして思い出すことで辛うじてできるようにはなる。今、こうして書けている。
 昨日の朝に岩手から夜行バスで東京に帰ってきた。日比谷からすぐに電車で帰るつもりだったが、なんとなく朝の時間を引き伸ばしたくて、一番近くにあった喫茶店に入った。ここは、昔僕が有楽町の無印良品で働いていた頃に時々来ていた場所だ。今では店が拡張されて、かつての3倍ぐらいの広さになっている。店には全然人がいなくて、仕事をするのにはもってこいだったけど、ひとまず本を読むことにした。何事よりも、まずは一番気持ちいいと思えることをしたい。だから、岩手にいる間に買ってきた本を読んだ。それを読み終わると、日銭稼ぎの仕事の翻訳に取り掛かる。そんなに長い記事ではないんだけど、やはりそれほど気合が入るものでもないので、時間がかかる。2時間ぐらいかけて終わらせる。店を出る頃には正午を回っていた。
 横浜に帰ってくると、まずインスタント食品でお昼を済ませた。どうにも身体が疲れていて、まともに調理をする気が起きなかった。それを食べると、ベッドでじっとしていた。本当は、すぐにでも配達の仕事に出てやろうと思っていたのだが、まったくやる気が出ない。寝不足もあっただろう。せめて、と絵を描く。
 結局、夕方になってから、桃を友達のところに届けて、それから配達に出る。帰ってきたら電話をして、切ったらいつの間にか寝ていて、今日は起きたら電気がついていた。

 修行がしたいなぁ、と思っている。好きなことに妥協をしない、という修行である。常に、「これはやりたい!」と思えることに取り掛かること。

2022年7月26日火曜日

横浜に帰ってから思い出すのは

 今日の夜、岩手県の紫波町から横浜に帰る。三日間で、こちらの生活がずいぶん染み付いた。帰るのがちょっと寂しい。

 滞在中は、はんこ作家のあまのさくやさんに車でいっぱい案内をしていただいた。今月のはじめに縁あって知り合った彼女は、昨年の4月に東京から紫波町に移住してきた。情報発信をする地域おこし協力隊として元気に活動している。おかげで多くの場所に、人に会えた。

 地域の魅力とは、人である。カフェで抹茶を立ててくれたあいちゃんも、楽しそうにハードサイダーを入れてくれたきゅんさんも、今度は横浜に行きますと意気揚々と語ってくれたひやまさんも、ご飯を食べに入った食堂で、犬の散歩に誘ってくれた店主のけんじさんも、僕のことを面白がってけんじさんに紹介してくれたキミーさんも、昭和の香りがするカフェ・エーデルワイスでひとりコーヒーを飲んだ僕を、姿が見えなくなるまで見送ってくれた店主の方も、家族ぐるみで僕をもてなしてくれた畑の主なっちゃんも、紫波町を気に入ったことを一緒に喜んでくれた図書館の司書の吉田さんも、コミュニティ農園でサバサバと草を刈りながらカッコよく僕をもてなしてくれたまどかさんも、一緒にいてあたたかさを感じたひとりひとりの面影が、その地域にまた行きたいと思わせてくれる。

 紫波町は、駅の周辺地域は再開発されていて綺麗で、現代的な施設もたくさんあり、利便性が高い。しかし、車で5分も走れば、そこには田畑が広がる地域である。

 横浜とは暮らしが違う。家の横を、電車が通らない。夜はほとんど音がしない。空を見上げると雲や星が広く視界を彩る。遠くに見える山々が少し霞んで、夕刻を告げる。ひぐらしやカエルが鳴き、たぬきが歩く。青々と繁った稲が、そよ風に揺れている。

 横浜に帰ってから思い出すのは、こんな景色と、そして、出会った人たちのことだろう。



2022年7月25日月曜日

小さな焦燥感

 盛岡からほど近い、紫波町というところに来ている。到着したのは昨日で、駅に着いた瞬間に、全然人がいないと感じられた。日曜日の朝だからかもしれないし、元々こうなのかも知れない。パン屋でパンとコーヒーを買って、ベンチで食べた。ヨーロッパの夏の日々を思い出した。特に、チェコにいた頃のことを思い出した。その後に、チェコ大好きのあまのさくやさんに会うことがわかっていたからだろうか。そんなこともないような気がする。建物の感じ、草木のにおい、空気の香り、遠くの空。総合すると、今まで行った中では、一番合致するのがチェコの小さい町のような気がした。

 あまのさんが、町の小さな商店街(といってもそんなにたくさんお店があるわけではないのだが)にある古い建物でワークショップをやる、というので、ものを運ぶ手伝いをしながら、その周辺に一日中いた。ワークショップの参加者の方と話したり、少し歩いたところにある新しいカフェに行って飲み物を飲んだりして過ごした。別に何をしに来たのでもなくて、ただ何が起こるか楽しみで来て、たくさんの楽しいことが起きている。

 そしてそれでも、こんな時にでも、僕はなんでこんなところにいるんだろう、という思いを抱えながらいつもと違う場所にいる。なんで僕はいつでも小さな焦燥感を抱えているんだろうか。

2022年7月23日土曜日

聞かれたらさ

ノミ、殲滅したと思ったのだが、まだ少し残党がいたようである。何箇所か身体に刺され痕があって、きっと蚊だろうなぁ、と思っていたのだが、数日かけて、蚊に刺されたのとのは明らかに違う水脹れになってきて、ああ、まだいたか、とため息。
映画『エイリアン』で、殺したと思ったエイリアンが、まだ船内にいた時のリプリーのような気分になる。しょうがないので、また燻煙剤を買ってきて焚く。長期戦である。仕方がない。地道に掃除して、処分すべきものを処分していくしかない。大掃除の時期なのだと思って丁寧にやる。
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明日から数日間、岩手に行く。別に何があるわけではないのだが、また、以前京都でやったのと同じように、遠くで普段通り過ごすことの実験。あとは、川が見たくなったから。圧倒されたくなったから。あとは、新しいサウナができたらしいから。
今は夜行バスを待っているところ。東京に来るのは少し久々だ。駐車場はすごく混んでいる。野外で人ごみの中にいる、という経験をしばらくしていなかった。今日もまた、4年前に会った人に、今年はEJCに行くのか、と聞かれた。行きたくないわけではもちろんないが、日本にいて、じっくり自分のことをするほうが今必要な気持ちもあって、つまりどっちでもいいや、ということなのだが、やっぱり行くのか、と聞かれると、行きたいなぁ、と思う。