まだ起きている。
今は午前4時40分。
昨日の朝は、11時に目覚めた。
本当は11時に父親が僕の家を訪ねて、必要な物資を届けてくれるところを、うっかりグースカ寝てしまっていた。
母がなんどもなんども電話をかけてきていて、メールも何通も送ってきていた。
父親がゴンゴン窓を叩く音で目覚めた。
マスクをくれないか、と頼んだだけだったのだが、大きな紙袋に山盛りのご飯やタオルやなんやらを3袋もくれた。
ありがたいね。
さらっとお礼を言うと父は「変わりないか」とだけ聞いて、ものの1分も会話せず、「接触を避けて」手を振り、帰っていった。
父が去ったあとに母親に電話したら、ものすごく心配したらしく、少し涙声になっていた。
ごめんごめん。
母は心配性なのだ。
コーヒーを飲み、トーストを食べる。
お昼はラーメン。
作りながら、昨日からまだ続いていたCJCにちょっとだけ参加。
こんな、ダラダラみんなが残ってるところまでEJCみたいだな(笑)
午後4時ごろ、コーヒーを電話で注文し、受け取りにだけ、原付で行く。
今日は外国語のことばかり考えていた。
配信2回。
一回はジャグリング。最近毎日の30分少しのジャグリング練習風景の配信が定着しつつある。
もう一回は、午前1時ごろから、イタリア語の本を一章ずつ読み上げる、という新しい習慣。最近久々にイタリア語をカメラに向かって喋ったら驚くほど錆び付いていたので。
色々やりすぎている生活で、実に楽しい。
完全に過剰。
外出自粛躁状態。
でも中途半端に色々やるのが一番不健康だかんね。
やるなら没頭。ブレーキを外す。これに限る。
※※※
フィンランド語、ニューエクスプレスフィンランド語 第7課をやる。
非公開だが、毎日15分くらいずつ使って、この本の解説(というか、自分が理解するプロセスを映像に収めること)をしている。
まずは20課ある全てを終わらせるところから。
変に心配するのをやめて、ただただ、没頭する、というのが今のところ最適解のようだ。
2020年4月20日月曜日
2020年4月19日日曜日
小さな一歩と大きな一歩(てーてん観測・フィンランド語学習記)
朝起きると、ものすごい雨が降っていた。
いつまで降るんだろう、と心配になったが、4時を過ぎたあたりで雨足が急に弱まって、しばらくしたらすっかり晴れてしまった。
夜中の23時から、初めて、サイバージャグリングコンベンションに参加した。
結果、とても面白い!
最初は、バーチャル上の会合かぁ、と斜に構えていたが、いざ参加してみたら驚くほどジャグラーたちを身近に感じられた。
「コンベンション」の本質をしっかり抽出していると思った。
みんなが積極的に参加できる必要はないのだ。
ただ、そこにいることが拒まれなければ、それでいい。
そういう集まりを作ってその中にいる人間でありたいな。
※※※
今日は、フィンランド語、使っている入門用教科書の第6課をやる。やっと、いろんな格が少しずつ出てきている。なんだかね、ややこしいですねー。
でも、イタリア語で初めもう七面倒でやりきれなかったようなことも、とにかく諦めずにダラダラと続けていたら、いつの間にか体で覚えていたようなことが起こるはずだ、と信じて、黙々とやる。
今日、初めて、フィンランド人のアルットゥくんとフィンランド語で一言だけチャットでかわす。
これは小さな一歩だが、フィンランド語学習者にとっては大きな一歩である。
いつまで降るんだろう、と心配になったが、4時を過ぎたあたりで雨足が急に弱まって、しばらくしたらすっかり晴れてしまった。
夜中の23時から、初めて、サイバージャグリングコンベンションに参加した。
結果、とても面白い!
最初は、バーチャル上の会合かぁ、と斜に構えていたが、いざ参加してみたら驚くほどジャグラーたちを身近に感じられた。
「コンベンション」の本質をしっかり抽出していると思った。
みんなが積極的に参加できる必要はないのだ。
ただ、そこにいることが拒まれなければ、それでいい。
そういう集まりを作ってその中にいる人間でありたいな。
※※※
今日は、フィンランド語、使っている入門用教科書の第6課をやる。やっと、いろんな格が少しずつ出てきている。なんだかね、ややこしいですねー。
でも、イタリア語で初めもう七面倒でやりきれなかったようなことも、とにかく諦めずにダラダラと続けていたら、いつの間にか体で覚えていたようなことが起こるはずだ、と信じて、黙々とやる。
今日、初めて、フィンランド人のアルットゥくんとフィンランド語で一言だけチャットでかわす。
これは小さな一歩だが、フィンランド語学習者にとっては大きな一歩である。
2020年4月17日金曜日
時間がないよね(てーてん観測・フィンランド語学習記)
時間がない。
時間がない、というのはどういう状態か。
ただ単に「忙しい」とかそういう言葉で片付けていることを、今から15分で書く。今、OK,Google、15分にタイマーをセットして、と言ったので、きっかり15分後にはタイマーが鳴るはずである。
時間がない、ということは、単に忙しい、ということを意味しない。
時間がない、というのは、ど「できることなら遂行したいこと」と「実際に行なっていること」のギャップが激しいということである。
そう思うと、この解決方法は二つある。
ひとつは、「できることなら遂行したいこと」リストを短くすることである。
今僕が遂行したいことをは思いつくまま並べるとどうなるか。
時間がない、というのはどういう状態か。
ただ単に「忙しい」とかそういう言葉で片付けていることを、今から15分で書く。今、OK,Google、15分にタイマーをセットして、と言ったので、きっかり15分後にはタイマーが鳴るはずである。
時間がない、ということは、単に忙しい、ということを意味しない。
時間がない、というのは、ど「できることなら遂行したいこと」と「実際に行なっていること」のギャップが激しいということである。
そう思うと、この解決方法は二つある。
ひとつは、「できることなら遂行したいこと」リストを短くすることである。
今僕が遂行したいことをは思いつくまま並べるとどうなるか。
- フィンランド語を毎日1時間以上練習する
- ウクレレを毎日1時間以上練習する
- ジャグリングを毎日1時間以上練習する
- 英語を一日1時間以上練習する
- 文章を毎日1時間以上書く
- 必要な仕事は、休みなく毎日5、6時間やり、締め切りよりも少し早く終わらせる
- アニメーションを作りたい
- POTNEのホームページを見直す
- 売るべきものを売る
- ...
なんだか、理想を毎日実行したら、間断なくやったとしてもあっという間に、合計14,5時間になる。寝る時間が6時間にしても、とご飯を食べる時間やお風呂に入る時間が4時間。
修学旅行じゃないんだからね。
まぁ要するに、全部やるのは無理なのだ。
ていうかそもそもそんな理想的な1日は一度も過ごしたことない。
極端な例えをすれば、
- 1日1時間英語を勉強したい
しかリストに載っていなければ、もう暇で暇でしょうがない人間になるわけである。
ではもう一個の解決方法はといえば、もうひとつは「実際に行なっていることを少しでも増やす」である。
うん、まぁこっちの方がすぐに思いつくことだよね。
単純に、自分が本当にやりたいことをやっている時間を増やす、ということだ。
うーん。
でもね、同時に思うんだよ。
こうやって僕は「なるべく生産的に過ごそう」「長期的な視野で見たとき、うれしくなるような生活をしよう」とか思うが、すぐに気が散ってしまう、ということは、本来の人間の自然には適っているんじゃないか、と思ったりするのね。
まぁ、可能性としてはある。
うーむ。
※※※
手短に今日の日記を記すと、いや、特に書くことがないんだよな。
昼ごはんはチャーハン(ひき肉と玉ねぎ、カレー用に冷凍しといたやつを使う)、夜は焼きそば。野菜がないので肉だけ入れた。グランドキリンを飲んだ。
ずっと家にいた。外にまた、ほぼ出ていない。コープに行っただけ。
あ、ホアさんとコーヒーは飲んだな。
最近、ホアさんも寂しいのか、よくコーヒーを持ってピンポーン、と押してくるのだ。
もうコロナとかどうでもよくなってきた自分もいる。
考えすぎて疲れちゃってるのかもね。
明日はまた、明日で別のことを考えてるに違いない。
※※※
さて、今日は、フィンランド語をこれからやるのだ。1時間やるかぁ。
淡々と文章を覚えよう。
同時に、進めるべくはどんどん進めていって、一旦終わらせる。
なんかね、ちゃんと理解してから進もうとすると、絶対頓挫するんだ。
絶対。
ここで、タイマーが鳴った。
15分でも結構書けるもんだな。
ここで、タイマーが鳴った。
15分でも結構書けるもんだな。
やっぱり過剰にやらなきゃダメだよね(てーてん観測・フィンランド語学習記)
日記を書くのも疲れるんだよな。
ああ、もう寝よう、と思って、そこから30分かそこら、気合を入れて何か書いたりするのはやっぱり疲れる。
でも、一番疲れを作り出しているのは何かというと、それはですね、「重い腰をあげる」という気分なのです。
それが一番疲れる。
「やろうかな、どうしようかな」とそう思っている間が、一番無駄な時間になる。
で、結局、まぁとりあえずできることやろうかな、とか思ってパソコンを開いて、SNSなんか見だしてしまって、まぁろくなことがないやな。
自分の意思に関わらず始まることというのは、どちらかというと「楽」なんです。
今日からフィンランド語を学習する記録をつける。
というか、語学学習のこともここでむちゃくちゃ言ったろうと思っている。
どうせ誰も読んでないのは知っているんだけどね。
もし読んでくれている方がいたら、ありがとうございます。
電子ハグします。
誰かフィンランド語に興味がある方とか、自分ですでに学習した方とかが万が一これを読んでたら嬉しいなぁ。緩やかに繋がりたいです。
「続けるーズ」という、ショウグン、ふじくんとのチームがある。
意地でもやりたいことを続けよう、というチームである。
僕の目標はフィンランド語である。
一年も真面目にやれば、そこそこ喋れるだろ、と思っているのである。
フィンランドのことももっと知りたいのである。
毎日何かを続ける場合、そこに創造性を持ち込むと結構大変になる。無駄と思っていても、さぁやるぞ、と思ったら瞬時に始められるようなことをするのが理想だよな。
それを決めてしまう、のがいいんだろうと思う。
いちアクション起こせば、それが始められる、というのが理想。
学校というのはそういう機構である。
朝起きたら学校に行かねばならない。
それからのことは、実は自分の意思ではなく、どんどん、どんどん遂行されていくのだ。
それがいいと思うか、悪いと思うか。
まぁでも今僕は、自分でそういう環境を作り出そうというわけである。
言語学習においてあまり凝り固まった方法を採用するのはどうなんだろう、と思わなくもないが、いや、学習とはそういうたちのものであるのだ。
つまり、単調な反復と、ドリル練習みたいなものがやっぱり欠かせないのだ。
楽器と一緒だわな。
※※※
【フィンランド語の話】
フィンランド語に憧れ始めたのは高校生の頃である。『フィンランド語は猫の言葉』という本を読んで以来。それで大学に入って、確かもう2013年ぐらい、白水社から出ているニューエクスプレスシリーズの『フィンランド語』を買った。しかし真面目にとり組まぬままはや7年。それにもう一度取り組もうということなのである。これもね、やっぱり、こう、一度しっかり終わらせる、ていうのは大事ですよね。うん。なんかねえ、「これやってて意味あるんかなあ」とか思ってしまうんだけどね。でも、それでも、ひとまずやりきる、というのが大事である。一度は俯瞰する、ということである。それから、細かいところに移っていけば良い。というわけで、全部で20課あるので、3日に1課進むような計算で、2ヶ月でこれを終わらそうと思っている。とにかく、終わらす。そう、目を通し、一通り何が書いてあるのか、チェックするのだ。うむ。今日は、第4課である。まだまだ、基本的な動詞の活用の仕方とか、である。本を一冊終わらすことも必要だが、それに並行して、基本的な単語は、まずその基本的な形で、一通り覚えねば、と思っている。なかなか僕はね、単語を覚えない人なのだ。いまだに単語の覚え方がよくわからない。でも、今回は、ウクレレで曲を覚える時の要領でやってみようと思う。つまり、まず最初にタブ譜を見ながらやって、徐々にそれを何も見ないでやるのである(早々にこっちに切り替える)それで、わからない箇所は、もう一度見て、しばらくドリル練習、そしてまた飽きずに何も見ずにそれを再現する、というのを繰り返すのだ。ウクレレを始めた時は、ずいぶん熱中してやっていたものだけどねえ。あの情熱を再現したいな。となると、やっぱり、再現すべきものが面白いものでなくてはならないな、と思う。
まぁ、そこでそうか、ううむ、確かに、うまいエキスが詰まったスキットとかはいいんだろな。
ていうかさ、やっぱり過剰にやらなきゃダメだよね、ああ、うん、これに尽きるわ。
今自信を持って言えること
Minä olen japanilainen, puhun suomea vain vähän!
(私は日本人です、フィンランド語を少し話せます。)
以上です。
見つけたサイト。
http://tasteoffinnish.fi/finnish/
2020年4月16日木曜日
家でできるのは結局「いること」だけ(てーてん観測)
藤くんと語学の日である。
まずショウグンに電話を繋ぎ、英語を一頻りやって、その後イタリア語。
会話を少しやる。
そしてピムズラーを少し体験。いいよね。
なんだか、コロナの初期の頃よりもニュースを入れなくなったのは、もしかすると、もう今「外に出られない」ということをごく自然に受け入れているから、特に情報を必要としなくなったのかもしれぬ。
まぁ別に、世の中が毎時間毎時間どう変わっていくかは、わからんでもいいよな、と思い始めているのかもしれぬ。
だって、家でできるのは結局「いること」だけだからである。
2020年4月13日月曜日
きっぱりと終わるものではないこと(てーてん観測)
なぜか朝早く起きられた。(7時)
朝ごはん、トーストにバター。
美味しい「よつ葉バター」を買った。パンに載せると非常にウマい。
まずは翻訳終わらせる。
そしてジャグリングをしながらライブ配信をする。
「発信は自分が考えるための手段になる」という話をした。
昼はラーメン。
今日から新しい中華の素を使っている。
チューブで、マヨネーズのように出てくる。
美味しいは美味しいんだけど、もっと粉っぽい、缶からスプーンで出して使うやつのほうがクラシックな味わいがあって美味しい。
夕飯のキーマカレーを作りながら、またライブ配信をした。
ジャグリングと関係ない話をしたかったので、近況について英語で話した。
途中から友達がコメントをくれ、だんだん、ただの与太話になっていった。
「たまねぎを切ってるのを見てたら、元気でた」と言われた。
嬉しいな。
そのあと少し、フランス人の友達、ボグダン、日本人のジャグラーの友達小辻さんとも話した。
もう少しだけ仕事をして、今から就寝。
※※※
もう何日も、手帳を開いていない。
なにも予定がないのはわかっている。
今頃はオーストラリアのコンベンションにいる予定だったから。
そしてそれがキャンセルになって以降(そもそも飛行機がキャンセルされたので)予定なんてなにも入っていないので、少なくとも、24日までは決まった予定はないはずである。だがなんとなく手帳が気になる。
もう、これがいつまで続くのか、なんだかよくわからない。
世間の中での「まぁ大体これぐらいの時期に終わるんじゃないか」という合意みたいなのがない感じがする。
同時に、「きっぱりと終わるものではない」ということも覚えておきたい。
2020年4月12日日曜日
日記は短め(てーてん観測)
思い立って、インスタグラムでライブ配信した。
ヘッドストール(ボールを頭に乗せる技)を練習しながら喋った。3分でやめるつもりが22分喋った。できるときはなるべく何かテーマを決めて喋ろうと思った。
今日も8時ぐらいに起きた。
翻訳して、ご飯を食べて、家事をして。
俺は誰かに語りかけたいんだ、と思う。
※※※
僕は「外国語を話す友達」と「日本語を話す友達」とを、かなり分けて捉えていると思う。だがこれはよくないんじゃないかと時々思う。外国の人だと、親しい友達でも「実際のところ、本性をよく知ることができない対象」として見てしまっているんじゃないか、と不安に感じる時がある。特にエッセイを書くときに。それは悪いことではないのかもしれない。結局のところ、育った文化や、環境や、言葉や何もかもが違う人と似通った環境で育ってきた人とを、一緒のくくりにする、ということがおかしいのかもしれない。
僕と外国の人の間にはれっきとした区別があるはずだから、それを改めて感じたからといって、どうということはないのかもしれない。「外国人」は、「外国人」として付き合っていけばいいのかもしれない。
しかし外国を「外」とばかり思っていていいんだろうか、とねじれた悩みを抱えている。外国の人と友達で居られることをどこか「特別だ」と思う自分がすごく嫌だ。
しかし海外で起きたことなんかを面白く書こうと思うと、どうしても場所や人が、今まで知っていたものとどれだけ離れているか、どれだけ変なのか、というようなことを軸に話すことが多い。つまり「外」について語っている感じがするから、面白いわけである。でもそうすると、自然と少し誇張してハッキリ書きすぎてしまったり、まさか本人に読まれまい、というような前提でものを書いたりする。これが、なんだか、いいのかなー、と、後になって考え込んでしまうことがある。
※※※
【FB投稿をここにも残しておく】
もう皆さん、星野源の動画の件はご存知と思いますけど、何で本当にこうも安倍さんの周辺ってスカポンタンなんでしょうね。あ、星野源は全然悪くないですよ。星野源ラブ。頑張れ。大丈夫、みんな応援してるから。
ちなみに知らない方がいたらと思い顛末を記すと、星野源が「うちで踊ろう」という動画をインスタグラムでアップして、今気持ちが落ちている人を励ます意図もあってだと思うんですが「誰か伴奏つけてくれないかな?」というようなことを書いたんですね。
そしたら日本中の人から(他国からももちろん来た)伴奏をつけたり一緒に踊ったりする動画が次々出てきて、いいねいいね、ってやっていたんですよ。
そしたら安倍首相が(っていうか官邸、官僚が、だろうな)今朝、くつろいでる動画とコラボさせて流したんですよ。
いや、アンタが一緒になって休んでることを強調してどうするんだよ!(笑)
「僕が先頭に立って指揮をとる、必要な人とモノを動かす、君たちは危ないから大人しくしていてくれ」って言われて、「はい」って言って、どうするのかなぁ、って見てたら紅茶飲んでリモコンプチプチ押して休んでるのおかしいだろ!
それなりに真っ当な国家元首を演じたいわけでしょ。
この認識のラインって流石に真っ当だと思うんだけど…(笑)
ユーモアを出すタイミングと方法完全に履き違えてるよ。
もちろん休むのは構わないし、総理大臣だって人間なんだからくつろいで欲しいし、もちろんそこがダメだってんじゃなくて(当然だよそんなの)ただ、これことさら今強調することじゃないだろ。
これ、憤慨するのもバカらしいよ。
稀代のスカポンタン事件だよ。
平和すぎて真剣に考えるのバカらしくなるよ。
収入激減した人たちは必死になって人生の舵をきってるのに。
なんか、うーん、でもこれも複雑な問題でもあるな、本当に。
いや、上で率いて行く人間が「まぁそんなに暗い顔してないで」って明るい雰囲気をつとめて作り出そうとする、っていうそのこと自体は別にいいんだよ。でも、今回のはタイミング完全に間違えてるよ。
あと星野源をここで責めるのは、俺は全くお門違いだと思います。星野さんは別に社会に対して引き算してない。
「国のトップと、それ以外とで、見える景色にあまりにも断絶がある」っていうことに尽きると思う。
結局、星野源のことも、多分、関係者たちは割と簡単に
「まぁまぁ、みんな、なんだかんだで大変そうだけど、何とか持ちこたえてくれているし、この辺りでほっこりするところでも見せてあげよう!」と、そんなに悪びれずにやってるんじゃないか、って思うんだよ。
まともに景色が見えてたら普通あのアイデアにたどり着かないよ。
あの人らがおかしいっていうよりは、きっと上を選ぶ全体のシステムが全体的に、圧倒的におかしいんだよ。
ヘッドストール(ボールを頭に乗せる技)を練習しながら喋った。3分でやめるつもりが22分喋った。できるときはなるべく何かテーマを決めて喋ろうと思った。
今日も8時ぐらいに起きた。
翻訳して、ご飯を食べて、家事をして。
俺は誰かに語りかけたいんだ、と思う。
※※※
僕は「外国語を話す友達」と「日本語を話す友達」とを、かなり分けて捉えていると思う。だがこれはよくないんじゃないかと時々思う。外国の人だと、親しい友達でも「実際のところ、本性をよく知ることができない対象」として見てしまっているんじゃないか、と不安に感じる時がある。特にエッセイを書くときに。それは悪いことではないのかもしれない。結局のところ、育った文化や、環境や、言葉や何もかもが違う人と似通った環境で育ってきた人とを、一緒のくくりにする、ということがおかしいのかもしれない。
僕と外国の人の間にはれっきとした区別があるはずだから、それを改めて感じたからといって、どうということはないのかもしれない。「外国人」は、「外国人」として付き合っていけばいいのかもしれない。
しかし外国を「外」とばかり思っていていいんだろうか、とねじれた悩みを抱えている。外国の人と友達で居られることをどこか「特別だ」と思う自分がすごく嫌だ。
しかし海外で起きたことなんかを面白く書こうと思うと、どうしても場所や人が、今まで知っていたものとどれだけ離れているか、どれだけ変なのか、というようなことを軸に話すことが多い。つまり「外」について語っている感じがするから、面白いわけである。でもそうすると、自然と少し誇張してハッキリ書きすぎてしまったり、まさか本人に読まれまい、というような前提でものを書いたりする。これが、なんだか、いいのかなー、と、後になって考え込んでしまうことがある。
※※※
【FB投稿をここにも残しておく】
もう皆さん、星野源の動画の件はご存知と思いますけど、何で本当にこうも安倍さんの周辺ってスカポンタンなんでしょうね。あ、星野源は全然悪くないですよ。星野源ラブ。頑張れ。大丈夫、みんな応援してるから。
ちなみに知らない方がいたらと思い顛末を記すと、星野源が「うちで踊ろう」という動画をインスタグラムでアップして、今気持ちが落ちている人を励ます意図もあってだと思うんですが「誰か伴奏つけてくれないかな?」というようなことを書いたんですね。
そしたら日本中の人から(他国からももちろん来た)伴奏をつけたり一緒に踊ったりする動画が次々出てきて、いいねいいね、ってやっていたんですよ。
そしたら安倍首相が(っていうか官邸、官僚が、だろうな)今朝、くつろいでる動画とコラボさせて流したんですよ。
いや、アンタが一緒になって休んでることを強調してどうするんだよ!(笑)
「僕が先頭に立って指揮をとる、必要な人とモノを動かす、君たちは危ないから大人しくしていてくれ」って言われて、「はい」って言って、どうするのかなぁ、って見てたら紅茶飲んでリモコンプチプチ押して休んでるのおかしいだろ!
それなりに真っ当な国家元首を演じたいわけでしょ。
この認識のラインって流石に真っ当だと思うんだけど…(笑)
ユーモアを出すタイミングと方法完全に履き違えてるよ。
もちろん休むのは構わないし、総理大臣だって人間なんだからくつろいで欲しいし、もちろんそこがダメだってんじゃなくて(当然だよそんなの)ただ、これことさら今強調することじゃないだろ。
これ、憤慨するのもバカらしいよ。
稀代のスカポンタン事件だよ。
平和すぎて真剣に考えるのバカらしくなるよ。
収入激減した人たちは必死になって人生の舵をきってるのに。
なんか、うーん、でもこれも複雑な問題でもあるな、本当に。
いや、上で率いて行く人間が「まぁそんなに暗い顔してないで」って明るい雰囲気をつとめて作り出そうとする、っていうそのこと自体は別にいいんだよ。でも、今回のはタイミング完全に間違えてるよ。
あと星野源をここで責めるのは、俺は全くお門違いだと思います。星野さんは別に社会に対して引き算してない。
「国のトップと、それ以外とで、見える景色にあまりにも断絶がある」っていうことに尽きると思う。
結局、星野源のことも、多分、関係者たちは割と簡単に
「まぁまぁ、みんな、なんだかんだで大変そうだけど、何とか持ちこたえてくれているし、この辺りでほっこりするところでも見せてあげよう!」と、そんなに悪びれずにやってるんじゃないか、って思うんだよ。
まともに景色が見えてたら普通あのアイデアにたどり着かないよ。
あの人らがおかしいっていうよりは、きっと上を選ぶ全体のシステムが全体的に、圧倒的におかしいんだよ。
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