今日も遅く起きた。
まあ、早く起きる必要もないのだが。
珍しく日銭稼ぎの仕事がなかったので、目一杯語学に時間を費やした。
お風呂を沸かして浴槽で延々と英語の本を読んだ。(読み上げた。)
上がったらブランチを食べて、それから毎日のタスクとして決めたことに取り掛かる。
英語、フィンランド語、ジャグリング、イタリア語。
今日もジャグリングとイタリア語で配信を二回。
今、英語を一緒にやっている「ロイやる水曜日」というグループがあって、みんなでわいわい教科書の例文を覚えている。
そのグループとは別で、もっと広く、僕と英語のマラソンを一緒に走ってくれる人を集められるような仕組みについて考えている。一度連絡した人たちを少々ほったらかしにしてしまっているのだが、もうすぐ、始められそう。
最初は、とりあえずこの自宅にいる時間を利用して大勢でオンライン通話とか、と思っていたのだが、語学のキモは、いつまでもしつこく、毎日365日やり続けることなんだ、と、禁酒とか禁煙みたいな(笑)風に思えてきたので、キャンペーンのように突発的にやるのではなく、深呼吸のリズムで、楽しいと思いながら、自分がやりたい目標に合わせた自分のやり方と量で、1年、2年、3年、10年、と英語と付き合っていけるペースメーカーを作り出したい、と思ったのだ。
僕が今思い描いているやり方であれば、何人でも、いつからでも参加できると思う。
そんな日。
あったかくなったり、寒くなったりだ。
やっぱり少し世界は変わったな、と僕は落ち着いて思っている。
※※※
・ニューエクスプレスフィンランド語 第8課
・フィンランド語トレーニングブック kappale 1
ここ8日間、教科書の内容の"解説"をビデオに向かって語っている。一応仲間内でシェアするためにYouTubeにあげてはいるのだが、一般非公開にしているので誰にもみられない。このやり方が非常に僕には効果的だ。
ただし解説といっても、予習をしてしっかり頭に叩き込んでから満を持してやるのではない。むしろその逆。
やろうと思ったらいきなり始める。iPadを用意し、即座にビデオボタンを押し、教科書をパッと開き、語り始める。
およそ語っている内容は稚拙である。
スキットを一文ずつ読み上げて、どういう構造になっているのか確認する。
「こういうことかな」と勝手な予想で言っていることがいっぱいあって、今見返しても、すでに間違いだらけであることがわかる。
ちゃんとフィンランド語を修めている人からしたらおよそ笑っちゃうような内容だと思うんだけど、それでも、その間違いを堂々と言うことで、後でそれがそうじゃなかった、とわかった時によく記憶に残る。
今まで何度もフィンランド語には挑戦してきたけど、毎回、第3課くらいまでいくとストップしてしまっていた。それに、ロクに理解もしていなかった。
しかし、今回はとにかく「終わらせる」ことを眼目にしている。
少しわからない箇所があっても進めて、覚えきっていないことも全く気にせずにとりあえず終わらせる。
そして、また同じものをもう一回、二回、とやっていこう、という気でいる。
「覚えられない」と悲観的になることは多々あるのだが、こうしてゆっくりと着実に続ける毎日を初めて送ってみて、少し期待が膨らんでいる。
「頭に叩き込む」というのはやめた方がいいな、と思った。
やる気と気合があれば覚えられる、なんでも集中したら2、3日で覚えるもんだ、それができなければダメだという風に思っちゃうもんね。
本来学習というのは、長く長く、1年、2年とかけて、「まだまだ覚えていない」時間をたくさん過ごして、ふと気がついたら、忘れられなくなっていた、というプロセスをたどるのだと思う。
受験勉強の内容なんか、ことによっては僕はまるで覚えちゃいない。
あのころの僕は、「叩き込もう」としていただろう。
それじゃ、ダメなのだ。
フィンランド語教材の新しい本が届いた。
『フィンランド語トレーニングブック』(白水社)という。
この本は、実を言えば発行された当時から(2013年)ずっと気になっていた。
大学一年生のときからずっと外国語の世界が好きだったので、学校帰りに東京駅の丸善に立ち寄っては、語学書のコーナーに行って背表紙を見て、気になった本は開いてみて、最初の数ページを読んで旅行に行ったような気分になっていたのだ。その中の一冊に、これもあった。
7年経った今、フィンランド語学習本格開始から10日目にして(2020/4/11-)ちょっと気が早いような気もするけれども、もっと演習量を増やしたくなったので、中古で買った。(もちろん、バリューブックスです。)
今は、初歩の文法が、頭の中でぐるぐると形を伴わずに渦巻いている感じ。
これを凝固させるために、ちょびちょびと学んでいこうと思う。
・『フィンランド語トレーニングブック』(白水社)
・『多数決を疑う――社会的選択理論とは何か 』(岩波新書)
2020年4月20日月曜日
やるなら没頭(てーてん観測・フィンランド語学習記)
まだ起きている。
今は午前4時40分。
昨日の朝は、11時に目覚めた。
本当は11時に父親が僕の家を訪ねて、必要な物資を届けてくれるところを、うっかりグースカ寝てしまっていた。
母がなんどもなんども電話をかけてきていて、メールも何通も送ってきていた。
父親がゴンゴン窓を叩く音で目覚めた。
マスクをくれないか、と頼んだだけだったのだが、大きな紙袋に山盛りのご飯やタオルやなんやらを3袋もくれた。
ありがたいね。
さらっとお礼を言うと父は「変わりないか」とだけ聞いて、ものの1分も会話せず、「接触を避けて」手を振り、帰っていった。
父が去ったあとに母親に電話したら、ものすごく心配したらしく、少し涙声になっていた。
ごめんごめん。
母は心配性なのだ。
コーヒーを飲み、トーストを食べる。
お昼はラーメン。
作りながら、昨日からまだ続いていたCJCにちょっとだけ参加。
こんな、ダラダラみんなが残ってるところまでEJCみたいだな(笑)
午後4時ごろ、コーヒーを電話で注文し、受け取りにだけ、原付で行く。
今日は外国語のことばかり考えていた。
配信2回。
一回はジャグリング。最近毎日の30分少しのジャグリング練習風景の配信が定着しつつある。
もう一回は、午前1時ごろから、イタリア語の本を一章ずつ読み上げる、という新しい習慣。最近久々にイタリア語をカメラに向かって喋ったら驚くほど錆び付いていたので。
色々やりすぎている生活で、実に楽しい。
完全に過剰。
外出自粛躁状態。
でも中途半端に色々やるのが一番不健康だかんね。
やるなら没頭。ブレーキを外す。これに限る。
※※※
フィンランド語、ニューエクスプレスフィンランド語 第7課をやる。
非公開だが、毎日15分くらいずつ使って、この本の解説(というか、自分が理解するプロセスを映像に収めること)をしている。
まずは20課ある全てを終わらせるところから。
変に心配するのをやめて、ただただ、没頭する、というのが今のところ最適解のようだ。
今は午前4時40分。
昨日の朝は、11時に目覚めた。
本当は11時に父親が僕の家を訪ねて、必要な物資を届けてくれるところを、うっかりグースカ寝てしまっていた。
母がなんどもなんども電話をかけてきていて、メールも何通も送ってきていた。
父親がゴンゴン窓を叩く音で目覚めた。
マスクをくれないか、と頼んだだけだったのだが、大きな紙袋に山盛りのご飯やタオルやなんやらを3袋もくれた。
ありがたいね。
さらっとお礼を言うと父は「変わりないか」とだけ聞いて、ものの1分も会話せず、「接触を避けて」手を振り、帰っていった。
父が去ったあとに母親に電話したら、ものすごく心配したらしく、少し涙声になっていた。
ごめんごめん。
母は心配性なのだ。
コーヒーを飲み、トーストを食べる。
お昼はラーメン。
作りながら、昨日からまだ続いていたCJCにちょっとだけ参加。
こんな、ダラダラみんなが残ってるところまでEJCみたいだな(笑)
午後4時ごろ、コーヒーを電話で注文し、受け取りにだけ、原付で行く。
今日は外国語のことばかり考えていた。
配信2回。
一回はジャグリング。最近毎日の30分少しのジャグリング練習風景の配信が定着しつつある。
もう一回は、午前1時ごろから、イタリア語の本を一章ずつ読み上げる、という新しい習慣。最近久々にイタリア語をカメラに向かって喋ったら驚くほど錆び付いていたので。
色々やりすぎている生活で、実に楽しい。
完全に過剰。
外出自粛躁状態。
でも中途半端に色々やるのが一番不健康だかんね。
やるなら没頭。ブレーキを外す。これに限る。
※※※
フィンランド語、ニューエクスプレスフィンランド語 第7課をやる。
非公開だが、毎日15分くらいずつ使って、この本の解説(というか、自分が理解するプロセスを映像に収めること)をしている。
まずは20課ある全てを終わらせるところから。
変に心配するのをやめて、ただただ、没頭する、というのが今のところ最適解のようだ。
2020年4月19日日曜日
小さな一歩と大きな一歩(てーてん観測・フィンランド語学習記)
朝起きると、ものすごい雨が降っていた。
いつまで降るんだろう、と心配になったが、4時を過ぎたあたりで雨足が急に弱まって、しばらくしたらすっかり晴れてしまった。
夜中の23時から、初めて、サイバージャグリングコンベンションに参加した。
結果、とても面白い!
最初は、バーチャル上の会合かぁ、と斜に構えていたが、いざ参加してみたら驚くほどジャグラーたちを身近に感じられた。
「コンベンション」の本質をしっかり抽出していると思った。
みんなが積極的に参加できる必要はないのだ。
ただ、そこにいることが拒まれなければ、それでいい。
そういう集まりを作ってその中にいる人間でありたいな。
※※※
今日は、フィンランド語、使っている入門用教科書の第6課をやる。やっと、いろんな格が少しずつ出てきている。なんだかね、ややこしいですねー。
でも、イタリア語で初めもう七面倒でやりきれなかったようなことも、とにかく諦めずにダラダラと続けていたら、いつの間にか体で覚えていたようなことが起こるはずだ、と信じて、黙々とやる。
今日、初めて、フィンランド人のアルットゥくんとフィンランド語で一言だけチャットでかわす。
これは小さな一歩だが、フィンランド語学習者にとっては大きな一歩である。
いつまで降るんだろう、と心配になったが、4時を過ぎたあたりで雨足が急に弱まって、しばらくしたらすっかり晴れてしまった。
夜中の23時から、初めて、サイバージャグリングコンベンションに参加した。
結果、とても面白い!
最初は、バーチャル上の会合かぁ、と斜に構えていたが、いざ参加してみたら驚くほどジャグラーたちを身近に感じられた。
「コンベンション」の本質をしっかり抽出していると思った。
みんなが積極的に参加できる必要はないのだ。
ただ、そこにいることが拒まれなければ、それでいい。
そういう集まりを作ってその中にいる人間でありたいな。
※※※
今日は、フィンランド語、使っている入門用教科書の第6課をやる。やっと、いろんな格が少しずつ出てきている。なんだかね、ややこしいですねー。
でも、イタリア語で初めもう七面倒でやりきれなかったようなことも、とにかく諦めずにダラダラと続けていたら、いつの間にか体で覚えていたようなことが起こるはずだ、と信じて、黙々とやる。
今日、初めて、フィンランド人のアルットゥくんとフィンランド語で一言だけチャットでかわす。
これは小さな一歩だが、フィンランド語学習者にとっては大きな一歩である。
2020年4月17日金曜日
時間がないよね(てーてん観測・フィンランド語学習記)
時間がない。
時間がない、というのはどういう状態か。
ただ単に「忙しい」とかそういう言葉で片付けていることを、今から15分で書く。今、OK,Google、15分にタイマーをセットして、と言ったので、きっかり15分後にはタイマーが鳴るはずである。
時間がない、ということは、単に忙しい、ということを意味しない。
時間がない、というのは、ど「できることなら遂行したいこと」と「実際に行なっていること」のギャップが激しいということである。
そう思うと、この解決方法は二つある。
ひとつは、「できることなら遂行したいこと」リストを短くすることである。
今僕が遂行したいことをは思いつくまま並べるとどうなるか。
時間がない、というのはどういう状態か。
ただ単に「忙しい」とかそういう言葉で片付けていることを、今から15分で書く。今、OK,Google、15分にタイマーをセットして、と言ったので、きっかり15分後にはタイマーが鳴るはずである。
時間がない、ということは、単に忙しい、ということを意味しない。
時間がない、というのは、ど「できることなら遂行したいこと」と「実際に行なっていること」のギャップが激しいということである。
そう思うと、この解決方法は二つある。
ひとつは、「できることなら遂行したいこと」リストを短くすることである。
今僕が遂行したいことをは思いつくまま並べるとどうなるか。
- フィンランド語を毎日1時間以上練習する
- ウクレレを毎日1時間以上練習する
- ジャグリングを毎日1時間以上練習する
- 英語を一日1時間以上練習する
- 文章を毎日1時間以上書く
- 必要な仕事は、休みなく毎日5、6時間やり、締め切りよりも少し早く終わらせる
- アニメーションを作りたい
- POTNEのホームページを見直す
- 売るべきものを売る
- ...
なんだか、理想を毎日実行したら、間断なくやったとしてもあっという間に、合計14,5時間になる。寝る時間が6時間にしても、とご飯を食べる時間やお風呂に入る時間が4時間。
修学旅行じゃないんだからね。
まぁ要するに、全部やるのは無理なのだ。
ていうかそもそもそんな理想的な1日は一度も過ごしたことない。
極端な例えをすれば、
- 1日1時間英語を勉強したい
しかリストに載っていなければ、もう暇で暇でしょうがない人間になるわけである。
ではもう一個の解決方法はといえば、もうひとつは「実際に行なっていることを少しでも増やす」である。
うん、まぁこっちの方がすぐに思いつくことだよね。
単純に、自分が本当にやりたいことをやっている時間を増やす、ということだ。
うーん。
でもね、同時に思うんだよ。
こうやって僕は「なるべく生産的に過ごそう」「長期的な視野で見たとき、うれしくなるような生活をしよう」とか思うが、すぐに気が散ってしまう、ということは、本来の人間の自然には適っているんじゃないか、と思ったりするのね。
まぁ、可能性としてはある。
うーむ。
※※※
手短に今日の日記を記すと、いや、特に書くことがないんだよな。
昼ごはんはチャーハン(ひき肉と玉ねぎ、カレー用に冷凍しといたやつを使う)、夜は焼きそば。野菜がないので肉だけ入れた。グランドキリンを飲んだ。
ずっと家にいた。外にまた、ほぼ出ていない。コープに行っただけ。
あ、ホアさんとコーヒーは飲んだな。
最近、ホアさんも寂しいのか、よくコーヒーを持ってピンポーン、と押してくるのだ。
もうコロナとかどうでもよくなってきた自分もいる。
考えすぎて疲れちゃってるのかもね。
明日はまた、明日で別のことを考えてるに違いない。
※※※
さて、今日は、フィンランド語をこれからやるのだ。1時間やるかぁ。
淡々と文章を覚えよう。
同時に、進めるべくはどんどん進めていって、一旦終わらせる。
なんかね、ちゃんと理解してから進もうとすると、絶対頓挫するんだ。
絶対。
ここで、タイマーが鳴った。
15分でも結構書けるもんだな。
ここで、タイマーが鳴った。
15分でも結構書けるもんだな。
やっぱり過剰にやらなきゃダメだよね(てーてん観測・フィンランド語学習記)
日記を書くのも疲れるんだよな。
ああ、もう寝よう、と思って、そこから30分かそこら、気合を入れて何か書いたりするのはやっぱり疲れる。
でも、一番疲れを作り出しているのは何かというと、それはですね、「重い腰をあげる」という気分なのです。
それが一番疲れる。
「やろうかな、どうしようかな」とそう思っている間が、一番無駄な時間になる。
で、結局、まぁとりあえずできることやろうかな、とか思ってパソコンを開いて、SNSなんか見だしてしまって、まぁろくなことがないやな。
自分の意思に関わらず始まることというのは、どちらかというと「楽」なんです。
今日からフィンランド語を学習する記録をつける。
というか、語学学習のこともここでむちゃくちゃ言ったろうと思っている。
どうせ誰も読んでないのは知っているんだけどね。
もし読んでくれている方がいたら、ありがとうございます。
電子ハグします。
誰かフィンランド語に興味がある方とか、自分ですでに学習した方とかが万が一これを読んでたら嬉しいなぁ。緩やかに繋がりたいです。
「続けるーズ」という、ショウグン、ふじくんとのチームがある。
意地でもやりたいことを続けよう、というチームである。
僕の目標はフィンランド語である。
一年も真面目にやれば、そこそこ喋れるだろ、と思っているのである。
フィンランドのことももっと知りたいのである。
毎日何かを続ける場合、そこに創造性を持ち込むと結構大変になる。無駄と思っていても、さぁやるぞ、と思ったら瞬時に始められるようなことをするのが理想だよな。
それを決めてしまう、のがいいんだろうと思う。
いちアクション起こせば、それが始められる、というのが理想。
学校というのはそういう機構である。
朝起きたら学校に行かねばならない。
それからのことは、実は自分の意思ではなく、どんどん、どんどん遂行されていくのだ。
それがいいと思うか、悪いと思うか。
まぁでも今僕は、自分でそういう環境を作り出そうというわけである。
言語学習においてあまり凝り固まった方法を採用するのはどうなんだろう、と思わなくもないが、いや、学習とはそういうたちのものであるのだ。
つまり、単調な反復と、ドリル練習みたいなものがやっぱり欠かせないのだ。
楽器と一緒だわな。
※※※
【フィンランド語の話】
フィンランド語に憧れ始めたのは高校生の頃である。『フィンランド語は猫の言葉』という本を読んで以来。それで大学に入って、確かもう2013年ぐらい、白水社から出ているニューエクスプレスシリーズの『フィンランド語』を買った。しかし真面目にとり組まぬままはや7年。それにもう一度取り組もうということなのである。これもね、やっぱり、こう、一度しっかり終わらせる、ていうのは大事ですよね。うん。なんかねえ、「これやってて意味あるんかなあ」とか思ってしまうんだけどね。でも、それでも、ひとまずやりきる、というのが大事である。一度は俯瞰する、ということである。それから、細かいところに移っていけば良い。というわけで、全部で20課あるので、3日に1課進むような計算で、2ヶ月でこれを終わらそうと思っている。とにかく、終わらす。そう、目を通し、一通り何が書いてあるのか、チェックするのだ。うむ。今日は、第4課である。まだまだ、基本的な動詞の活用の仕方とか、である。本を一冊終わらすことも必要だが、それに並行して、基本的な単語は、まずその基本的な形で、一通り覚えねば、と思っている。なかなか僕はね、単語を覚えない人なのだ。いまだに単語の覚え方がよくわからない。でも、今回は、ウクレレで曲を覚える時の要領でやってみようと思う。つまり、まず最初にタブ譜を見ながらやって、徐々にそれを何も見ないでやるのである(早々にこっちに切り替える)それで、わからない箇所は、もう一度見て、しばらくドリル練習、そしてまた飽きずに何も見ずにそれを再現する、というのを繰り返すのだ。ウクレレを始めた時は、ずいぶん熱中してやっていたものだけどねえ。あの情熱を再現したいな。となると、やっぱり、再現すべきものが面白いものでなくてはならないな、と思う。
まぁ、そこでそうか、ううむ、確かに、うまいエキスが詰まったスキットとかはいいんだろな。
ていうかさ、やっぱり過剰にやらなきゃダメだよね、ああ、うん、これに尽きるわ。
今自信を持って言えること
Minä olen japanilainen, puhun suomea vain vähän!
(私は日本人です、フィンランド語を少し話せます。)
以上です。
見つけたサイト。
http://tasteoffinnish.fi/finnish/
2020年4月16日木曜日
家でできるのは結局「いること」だけ(てーてん観測)
藤くんと語学の日である。
まずショウグンに電話を繋ぎ、英語を一頻りやって、その後イタリア語。
会話を少しやる。
そしてピムズラーを少し体験。いいよね。
なんだか、コロナの初期の頃よりもニュースを入れなくなったのは、もしかすると、もう今「外に出られない」ということをごく自然に受け入れているから、特に情報を必要としなくなったのかもしれぬ。
まぁ別に、世の中が毎時間毎時間どう変わっていくかは、わからんでもいいよな、と思い始めているのかもしれぬ。
だって、家でできるのは結局「いること」だけだからである。
2020年4月13日月曜日
きっぱりと終わるものではないこと(てーてん観測)
なぜか朝早く起きられた。(7時)
朝ごはん、トーストにバター。
美味しい「よつ葉バター」を買った。パンに載せると非常にウマい。
まずは翻訳終わらせる。
そしてジャグリングをしながらライブ配信をする。
「発信は自分が考えるための手段になる」という話をした。
昼はラーメン。
今日から新しい中華の素を使っている。
チューブで、マヨネーズのように出てくる。
美味しいは美味しいんだけど、もっと粉っぽい、缶からスプーンで出して使うやつのほうがクラシックな味わいがあって美味しい。
夕飯のキーマカレーを作りながら、またライブ配信をした。
ジャグリングと関係ない話をしたかったので、近況について英語で話した。
途中から友達がコメントをくれ、だんだん、ただの与太話になっていった。
「たまねぎを切ってるのを見てたら、元気でた」と言われた。
嬉しいな。
そのあと少し、フランス人の友達、ボグダン、日本人のジャグラーの友達小辻さんとも話した。
もう少しだけ仕事をして、今から就寝。
※※※
もう何日も、手帳を開いていない。
なにも予定がないのはわかっている。
今頃はオーストラリアのコンベンションにいる予定だったから。
そしてそれがキャンセルになって以降(そもそも飛行機がキャンセルされたので)予定なんてなにも入っていないので、少なくとも、24日までは決まった予定はないはずである。だがなんとなく手帳が気になる。
もう、これがいつまで続くのか、なんだかよくわからない。
世間の中での「まぁ大体これぐらいの時期に終わるんじゃないか」という合意みたいなのがない感じがする。
同時に、「きっぱりと終わるものではない」ということも覚えておきたい。
登録:
投稿 (Atom)