2021年1月14日木曜日

ながいつぶやき(16) そういう時、初めは欲が出てしまう。

同じことを何度も書くようだが、早起きがすべての活力の源。これだけ忘れなければたぶん全部うまくいく。「明らかな余裕」がないと、じっくりものを考えることができないからである。

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「お、これはすごいな」と悔しくなるようなものを見たら、じっくりじっくり、毎日コトコトやることを見つける。そういう時、初めは欲が出てしまう。「この人は1日1時間これをやっているから、これを超えるには僕は1日3時間やらなきゃ」といった具合。

でも、何かを見て触発された時は、「自分を高めるチャンス」ではなくて、「自分を整えるチャンス」である。なぜか?それは、「自分を高める」という言葉には、言外に「他人よりも相対的に優れる」という含みがあることが多いから。

でも本当に長続きする幸せってそうじゃないんじゃね、自分が納得いくまで整っている時じゃん、と思う。自分が整っている時、というのは、僕にとっては、1日の中に、必ず、奥深くから取り出してきた言葉や、絵や、外国語への憧れの気持ちが一個ずつある、ということだ。その量はちょっとずつでいいから。これは別に他人を impress するためのものでは決してない。自分を impress させるためのものである。

「悔しさ」を感じても、それを意地になって越えようとしないこと。

ただ自分の奥深くを見ようとすること。

奥深くから何かを取り出すには、早起き、がすべて。

2021年1月13日水曜日

ながいつぶやき(15) じゃあなんで僕らはなかなかそれができないのか、というと

 相変わらず早く起きられず。早く起きたければ早く寝るしかないわな。

1日15分何かをやる、ということって、決して難しくないはずだよね。ただ、「1日の中でその時間を取るだけ」という意味であれば。15分も隙間がない、という人ってそうそういないはずなんだ。

じゃあなんで僕らはなかなかそれができないのか、というと、たぶんそれは「何かをやる時にはいろいろと準備が必要だ」と思い込んでいるからかもしれない。 

本当は、心の準備とか物の準備って、まずそのやりたいことに取り掛かってからはじめてできていくものだとおもうんだけど、どうも、始める前に、「ああして、こうして」とシミュレーションしてしまうよね。

単純作業をするのに、そんなシミュレーションなんて要らないはずなんだけど、どうしても準備をしようとしてしまうね。



2021年1月12日火曜日

ながいつぶやき(14) 『がまくんとかえるくん』がうまく読めないことと、日課と、詩について。

僕は小学校のころ、『がまくんとかえるくん』が大好きだったんだけど、今、あれを読むと、どうしてもいろんなことが気になってしまって、読みづらい。

がまくんとかえるくん、そんなんじゃ強い奴らに狩られるから、しっかりしてくれ、と思ってしまって。うまく読めなくなってた。

素直に「これいいよね」って言えないんである。

もっとアイロニーと強さを持て、君たち!

と、アーノルド・ローベルののんびりした絵を前にして思ってしまう。

自分の好きなものが「か弱い存在」であるとき特有の、恐怖感からくる反発だよね。

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「 普通でいつづける」というモットーどうかな。

文字起こしをしながら、ふと思いついたので、いったんタイマーを止め、改めて15分のタイマーをセットしてこれを書いている。

人間、生きていると、欲を出したり、ガッカリしたりするじゃん。褒められて嬉しくなったり、ちょっとした言動に深い意味を読み取ってしまって落ち込んだりするじゃん。あとは、自分の世間における相対的な能力が気になって、そのことばっかり考えてしまう、っていうこともある。

そんなとき、「普通でい続けよう」と心がけるのが一番いいと思った。自分の中に、荒波を立てない。普段の波みたいにさーっと寄ってきて、さーっと引いていく、その繰り返しを、深呼吸みたいな暮らしをできたらいいな、と思って。

そうでないと、大きな岩が動かない、という感覚があるからである。

有名になりたいとか思わないけど、生きているうちに、自分が動かせる一番大きな岩を動かしてみたいなぁ、という希望がある。でも、その大きな岩は、瞬発的な力じゃなくて、毎日飽きずに、じっと力を加え続けることで動くと思っている。

僕はこの日記(みたいな何か)では、「日課」についてひたすら書いているね。毎日何かをずっと続ける、ということについて、書いているね。

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そうそう、「詩」を読もう、と思っても、どうしてもあまり読めない自分もいて、それはなんでだろう、ということも折に触れて考えている。

外国語であればガンガン読める気もしていて、それも少し何かを説明している気がする。

詩というものが、あまりに自分の急所と距離が近いんだろう。

2021年1月11日月曜日

ながいつぶやき(13) 結局、さっさと決まった荷物で出て、できなかったことは後で帰ってからやればよかった、なんてこと

15分にタイマーをセットして、即興で書いています。

とにかく同じことを言うようだけど、制限時間は15分です、はい、スタート、と、自分では抗えない力で何かを始めるのが大事である。
本当は、何の強制力もなくても、自分にとって自然に始められることだけで生活がすべてうまく成り立てばいい。でも、多分それだとうまくいかない。やっていないから、実際のところはわからないけど。
とにかく僕にとっての課題というのが、「さっさと始めること」なのである。外出の準備をしていても、本当に遅い。これを持っていこう、あれを持っていこう、あ、重すぎる、少しこれを減らそう、でも、もしこれが必要になったらどうしよう、持って行こうか、いくまいか。こんなことで悩んで、何となく家でできることだけをやっていて、家を出るのが1時間ぐらい遅れて、結局、さっさと決まった荷物で出て、できなかったことは後で帰ってからやればよかった、なんてことになる。
予定を立てる時も一緒である。「一番適切なタイミング」について考えているうちに一番適切なタイミングを逃している、というのは、本当によくある。

実際にやってみて、その行動の後で修正を加える方がはるかにいい。 

しかし、しかし、これをわかっていてできない、ということについてもあんまり考えすぎない、というのも大事だ、と思う。とにかく楽しいと思えることを少しでもたくさんやるのがいい。

2021年1月10日日曜日

ながいつぶやき(12) 英語を英語のままで摂取する態度ってすぐ忘れる

 英語の話だけどさ。

今朝起きて、南アフリカはソウェト出身のTrevor Noah がおばあちゃんと話している映像をみた。


僕はTrevorの話が本当に好きで、YouTubeに上がっている舞台のスタンダップコメディはほとんど見た。彼が自分の人生について書いた本”Born A Crime”も、英語、日本語どちらも読んだ。
そして、彼が別の動画で、例えば大勢のヒスパニックがトランプに投票したのは、英語しか離さない人々は知らなかったけれども、ヒスパニックの側は知っていた、ただそこで、一方的に、相手がわかると思っていた言語で話しかけていたことで、見えていなかったことがあった、ということを言っていた。(実際はもっと丁寧に言ってました https://youtu.be/sIQRTOBOKi8 )

英語を英語のままで摂取する態度ってすぐ忘れる。

2021年1月9日土曜日

ながいつぶやき(11) あと、とにかく早起きが肝心。

 今日もあまり早く起きられず。夜遅かったから。起床、7時半ごろか。昨日鶴見の方のパン屋さんでもらったパンを食べ、コーヒーを飲んで、本屋の二階へ。もう一度、鶴見の方のそのパン屋さんに行く。お手伝いしないか、という話をもらったのである。とりあえず行って、手伝ってみる。10時ごろ伺って、1時間ぐらい。別にほとんど何もしていないようなもんだが、なるほどね、なんか、面白そう、と思った。なんか、考える暇もないぐらい忙しくなりたい。(とか言って、他の仕事忘れないようにしないと)いったん本屋の二階に行って、絵を描いて、ちょっとしたら桜木町へ。友人とご飯を食べて、また、本屋の二階に戻ってくる。もうすっかり常連、というか、もはや僕しかいない時がとても多い。いろいろと中のことを考える。もっとお客さん来たらいいな。翻訳一本終わらす。ジャグリング雑誌「YANA」の宣伝用写真をやっと撮る。もっと早く撮っておきたかった…! あとは、宣伝文を考えて、宣伝POPを作って、日本語訳を載せた紙を印刷して、置きたい。文字起こしとかも今日やっちゃいたかったが、断念。今の目標は、自分で決めたことを「仕事だ」と言い張ること。少しずつ日課に昇華して、できて来てる。でもカタツムリの強さは気長なマラソンなので、くれぐれも気合を入れないようにしなきゃ。あと、とにかく早起きが肝心。

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どこか、ジャッジされることを怖がっている節がある。

2021年1月8日金曜日

ながいつぶやき(10) ただ、絶えない小さな火を灯す。

今日はなんと8時に起きてしまった。うーむ。

だらだらしてから、本屋の二階に向かって、今年二本めの翻訳仕事を終わらす。

フリーランスをやっていて、かつ自分でそれなりに時間をマネジメントできている時って最高に気持ちがいい。

できてない時は、最悪。

なんだかまたいろんなことが動き始めている。

新しい場所で仕事を手伝う機会が多い。

最高ですね。僕はとにかく飽きっぽいので、いろんな場所にいて、いろんな仕事がある方がいい。深く考えずに動かざるを得ない状況にいる方がいい。

国外旅行をする機会がない、というのが、ここに「いいこと」として表れている。今までだったら、月に1回は海外に行っているような感じだったので、どうにも、継続して何かをやろうとしてもペースが途中で乱れたりしていたのだけど、今は、大体家の周辺にいることが約束されているから、いろんな予定が組みやすい。

落ち着ける。

落ち着くのはいい。

落ち着いて、暇じゃなければ、訪れない直感だとか、チャンスがある。

もちろん落ち着きなく動いているときにしか訪れないチャンスもある。

まぁ、どっちも知っているのがいい感じね。


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日課は最大の闘争方法かもしれない。

何か圧倒されるものに出会ったとき、それに対抗する手段としての、日課である。

抵抗、というと瞬発的な力のあるものが思い浮かぶけれど、そうじゃないかも、と思う。

じりじりと、巨大なカタツムリのように、延々とにじり続けるのが一番強そうだ。

「あいつは、止まらない」と思われるのが一番いい。


具体的に言えば、何かすごいなぁ、と思うようなものを見て、それに触発されて、さあやるぞ、と勢いこんで一日3時間勉強しちゃう、ではなくて、ただ、絶えない小さな火を灯す。じっくり、ゆっくり、一日15分はそれに取り組んでいる、ということを担保する、ということである。

「継続は力なり」という言葉だってあって、僕らはそれを最初から知っているのはずなのである。