2021年3月31日水曜日
ながいつぶやき(87)「ジャグリングの展示をつくる 8」今までの15年間を展示開催までの2週間の中に閉じ込めるように過ごして
2021年3月30日火曜日
ながいつぶやき(86)「ジャグリングの展示をつくる 8」
ジャグリングについて考えていると、「仕事なんかしてる場合じゃねえー」と思う。
そして、それは抑えるべき衝動ではないと思う。
普通は、『生活』のための仕事が大事で、それは最低限やらなきゃいけなくて、まずそっちをこなしてから、余計な部分でジャグリングという遊びについて考えるものだ、という感じだと思うんだけど、いや、パッと考えた時に、楽しいことこそが生活だろう、と、猫なんか見ていても思う。猫、その場で思いついたやりたいことしかしてない。
そう、猫を見るとね、好きじゃない仕事なんかしてる場合じゃねえー、って思います。
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自分のジャグリングについて改めて考えている。ディテールがものを言うジャグリングがしたい。空間をどのように使うか、練習の時から意識したい。そもそも最初からそれを練習したい。ある程度の技術はあるから、ジャグリングを空間の支配にどう使うか。その最中に壁にぶつかって初めて、必要な技術を考え、それを身につけたい。例としてディアボロだと、「回転が緩やかな状態でないとできないこと」って見過ごされている気がする。
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何かを説明したり、伝えたりするのに、「物分かりのいい人」を対象にしないようにしたい、と思う。物分かりがいい、というのはつまり向こうが勝手にいいように解釈をしてくれる、ということだ。
2021年3月29日月曜日
ながいつぶやき(85)「ジャグリングの展示をつくる 7」
ジャグリングをした。外で、1時間ぐらい。本屋・生活綴方で、「ジャグリング部」を作ることにした。今日は天気もいいし、ジャグリングの練習を公園でやろう、と思ったんだけど、「ジャグリング部」ということにすればみんな来てくれるし、色々これから面白いだろうと思っただけ。
そうしたら、予想外の人々が3人来てくれた。Uさん、少し教えた。Cもきた。Sさんも最後の方に、少し来る。予想通り、Fujiくんは、店番を終えて来てくれた。
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つくづく僕は、何かを率いること、何かを決定することが苦手だ、と思う。雑にまとめると、プレッシャーに弱い、ということだと思う。他人の期待に応える、という状態だと、どうも、「いいね。でももっとできただろうね」と思われるかもしれない、という無意識の不安がある感じがする。まぁ、気負わず、自分のやりたいこととだけ戦うしかあるまい、とも思う。
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いざ時間ができると、色々と迷ってしまう、ということがある。
絵を描くときの、最初の一筆が決まらない感じと似ているね。これは。
もう、最初の一筆は、えい、と直感で行くしかないのである。
それから、適切な空間に、適切な線が見えてくる。
そういう順序だ。
ながいつぶやき(84)「ジャグリングの展示をつくる 6」
長めの文字起こし終わる。これで少し展示のことを考えられる。
ジャグラーである、と言葉で考えてもしょうがない。ジャグラーはジャグリングをしている間に、特にジャグラーである。だから今日は少し真面目にジャグリングをした。ああ、これだと思った。
僕はブレイクダンスの映像を見るのが大好きなんだけど、いつも羨ましいなぁ、と思っていた。こんなにも自在に自分で表現ができるのって、素晴らしいなぁ、と。
でも考えてみれば僕にはそういう手段として、ジャグリングがある。(本当に、忘れるんである、こういうことを)
もちろん自在とはほど遠いが、ジャグリングで、ある程度の質感を表現することはできる。これこそ俺がしたかったことじゃないか、と思う。そして、なんか今まで俺はジャグリングがどういうものであるかということに縛られていたんじゃないか、とも思う。別に、自分がしたいようにジャグリングしたらいい。
ジャグリングと生活、ということには、「ジャグリングをするときの感じ」も含めねばならぬ。
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インスタグラムは、もともとJugglernaoという名前で、ジャグリングの映像やらなんやらを上げていたけど、久々にジャグリングの映像をあげたらなんだか喜ばれて(あとダイレクトメッセージで髭を褒められた)これは、絵とアカウントを分けるべきだ、とやはり思った。
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今日は朝は家、昼からは生活綴方の方で仕事をした。わざわざ遠方から生活綴方に、ジャグラーのめりーさんが遊びに来てくれた。こういうのは、いいね。
2021年3月27日土曜日
ながいつぶやき(83)「ジャグリングの展示をつくる 5」
ながいつぶやき(82)「ジャグリングの展示をつくる 4」
どういう展示が面白いか、改めて全力で想像している。
今日、綴方の店番の一人である久常さんと話していて、ジャグリングの展示をやるんです、と言ったら、「ジャグリングの展示ですか?」と聞かれた。
一体何を展示するんですか、ということだろう。
そりゃそうだよね。当の僕もまだ明確に説明できない。
ジャグリングの何を展示するというのか。本当は、これを一言、二言ぐらいで「これこれこういうものを展示するんです」と言えた方がいいのかもしれない。でも、これを簡単に言い表せないこともまた、悪いことではないような気もしている。ものが展示されて初めて、それをまとめる言葉が出てくるんじゃないかとも思う。
でも展示を用意する上では、指針が必要だ。
「ジャグリングと生き方」という言葉は、もうある。
うーん。
とりあえず、僕以外の展示をしてもらう人には、なんとなくでいいからテーマにそって各自で考えてもらって、僕自身は僕の方で考える、というのが妥当だろうか。
展示をするといっても、別に、僕がその場にいて話をする、とか、別に「モノを置く」ということに限らなくてもいいだろう。パフォーミングアート、みたいなくくりで。ふふ。
さて、今まで見てきた展示の中でも、面白かったものってどれだろうか?
いやはや、困ったなあ。時間がないなあ。
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綴方で、『しゃにむに写真家』の著者である吉田亮人さんにお会いした。妙蓮寺のそば香で一緒にそばを食べた。ああ、こういう人がこういう写真を撮るのだ、と思った。目を見ていて、すごく伝わってくることがあった。とても感じのいい方だった。なんだか、こういう、何かと真剣に向き合っていて、それをはにかむことなく、そのまま真剣に普通に語られる方と知り合えるのは、人生の醍醐味だな、と思った。
※※※
日付が変わってしまった。
今日は一日ずっと文字起こしをしていた。終わるかなぁ、と思っていたけど、今日ノルマだった4時間分をきっかりやったので、明日と明後日は楽になる。できれば明日終わらせたい。そうすれば一旦、展示の準備に集中できるはず。
しばらく一人の時は不機嫌である。
2021年3月25日木曜日
ながいつぶやき(81)「ジャグリングの展示をつくる 3」
展示と本の準備に集中するため、まずは日銭稼ぎの方の仕事を終わらせる。
朝からせっせと文字起こしをしたり、翻訳をしたりしている。こういう時に、自分の「仕事」について無意識に考える。
別に今持っている、お金になる「仕事」、全然嫌じゃない。
「今やっている仕事が嫌で嫌でたまらない」という人にもときどきお会いするが、僕自身に関して、そういうことは一切ない。本当に嫌になったらやめて別のことをすればいいかな、と思う。多少の不満とか気になることがある場合はなくはないが、それはなんなら、洗濯とか風呂掃除と一緒で、面倒だと思うが、やったらやったで達成感があるので取り組める。
何より自営業をやっていると、人間関係のストレスみたいなものが皆無で、まぁそれが一番大きいかな。自分の生活を保つために、お金があると便利だからそれをなるべく納得のいく手段で獲得する、ということに意識的でいられる上に、「面倒くささ」と「楽しさ」のバランスの調整が割と簡単にできる。あとは、親族にも周りの人にも、自分のことについてとやかく言う人が誰もいない、ということもあり、まぁ、その辺り、人に恵まれているんだろうね。
仕事そのものに関しても、やはりその向こうにいる「人」が好きな場合は、ああ、まぁ、なんだかんだでこの仕事はいいもんだ、と思える。
※※※
ジャグリングは自分にとって何か。
時折「ジャグリングの方忙しいかな?」と聞かれる。
「いえ、全然!」というのも何かがっかりさせるような気がして、たいてい、「まぁ、ぼちぼち」とか言う。いやしかしジャグリングのなにが忙しいんだ俺は、と思う。
日銭稼ぎはただの「ライスワーク」で、ジャグリングが自分の生活の中心である、という風に受け取られている。
でも僕は「ジャグリングの活動」ってあんまり最近はしていない。
雑誌の PONTE を活発に出していた頃は、まさに「ジャグリングで忙しい」みたいなこともあったが、うーむ、別に僕は、今、「ジャグリングで忙しい」という状況って、ない。
ただ、なんとなく、例えば演劇をやる人、お笑い芸人、ダンサー、ミュージシャン、なんでもいいけど、「芸事」に関わる人って、なんとなく、その芸が一番自分のやりたいことであって、それ以外のことは目標に向かうための補助、みたいなイメージがある。
朝から汗水垂らしてバイトをして、帰ったら夜遅くまで稽古をして、睡眠不足でまたバイトに向かう、みたいな姿が、なんとなく、モデルケースとしてパッと最初に浮かぶ感じがする。
たとえ、「そうじゃないかもしれない」と思うにしても、なんとなく、そういう在り方がステレオタイプとしてとりあえず暫定的に思い浮かぶかな、という感じがする。
僕とジャグリングに関しても、ともすると他人から見て、最初に浮かぶのはそういう情景なんだろうか。日々、人さまにジャグリングの見せるための鍛錬をしていて、それ以外は、「俺はこんなもののために生きているんじゃないんだ本当は」と歯を食いしばっている、みたいな(笑)
いや、まぁ流石に、これはステレオタイプがすぎると思うけど、でもやっぱり、全く想像がつかない世界のことを考えるとき、どうしても、ドラマとか小説とか、そういうもので描かれる「一般とは違った趣味や芸の道に進む人の姿」に引っ張られてしまうところはある。
僕が今回の展示で見せたいことは、「ジャグリングに関わる人の舞台裏」にまつわる想像力を広げてもらうためのものなのかもしれない、という気もしている。
ビーンバッグ製作記 16日目 何をつくりたいのか、あらためて考えてみる
今回関わってもらう PM Juggling のだいごさんも、色々と考えてくれている。