2021年2月15日月曜日

ながいつぶやき(46)ことばは、それを聞いた瞬間に本能が違和感を察知する

京都を出る。

せっかく来たので「京都らしいもの」でも見ていこうかとも思った。
でも雨が降っているし、仕事も溜まっているので、結局駅に向かって30分ほど歩くだけにして、京都を出ることにした。

駅の近くで時間潰しにスターバックスに入る。
テラス席で仕事をする。
隣に、男女3人組が座った。
彼らは一様におそらく京都の言葉で話している。

僕は、これこそ京都で体験しうる至高の体験だなぁ、と本気で思った。

このところ旅らしい旅をもうしていない。
でも僕は「ことばに出会う」ために旅をしていたんだねぇ。

自分が、生活圏とはまったく別のところに来たのだ、と感じるのは、まさに、ことばを通してである。

街の風景から地域差を感じる、ということはなかなかない。たとえ寺院を見ても、あんまり感じない。

でも、ことばは、それを聞いた瞬間に本能が違和感を察知するので、大変に面白いのである。

自分が外国の言葉を話せるようになる、という経験の面白さも、そのような違和感を乗り越えることができる感じに基づいていると思う。

※※※

僕は方言を聞くとついその方言を真似してしまう、というくせがある。
今日もお店の人と少し長話をしていたら節々でイントネーションを真似してしまった。
一度僕は地方に住んでみて、その土地の言葉に染まる、ということをしてみたい。

で、なんで僕はこう言う風に真似をしてしまうのか、と言うと、なんか、横浜方言、まぁ、いわゆる標準語に近い話し方で話すと、なんか、威圧的と言うか、冷たいと言うか、馴れ合うことを拒否しているような感じがして、すごく嫌なんだよね。
これ、本当に、どうにかしたい。

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